トムソンガゼルのユウタくん②
1週間後 運動会当日
男子児童「サシミさん、今日の100m走で俺が1位になったら……つつつつつっ付き合ってください!」
体操服を着た小太りな男子児童が愛の告白をする。
キリミ「アタシはサシミじゃねーよ!好きなヤツの顔くらい見分けろキモブタァ!」
告白されたキリミは右膝で男子児童の顎を蹴り上げる。男子児童はバック宙するように体を1回転させて、地面に倒れ気絶した。キリミとサシミは一卵性の双子で顔は瓜二つ。髪型も体型もほぼ同じなため間違われることが多い。
キリミ「今朝から3人目だ。久しぶりに学校来たらこれだよ。サシミのヤツ、なんかやべぇフェロモンでもまき散らしてんのか?まぁいいや。これで、このキモブタの分レースの枠が空いたな」
不登校のキリミは、先生からもクラスメイトからも運動会を欠席するものと考えられており、どの種目にもエントリーされていなかった。そんなキリミが100m走に出場してトムソンガゼルのユウタくんと競争するには、空き枠が必要だったのである。
告白した児童は保健室に運ばれ、代走という形でキリミが100m走に出場することになった。
−−−−−−−−−−
運動会のプログラムが進み、100m走が回ってきた。出場するのは4年生以上の各クラス代表児童十数名ずつ。
コースは、スタート後30mほど直線が続き、約20mの左カーブ、残り50mは再び直線という形。ユウタくんが現れるのは一番外側のレーンよりさらに外。つまりカーブがあるコースでは走行距離が伸び、大きなハンデとなる。それでもユウタくんは走りで誰にも負けたことがないのだ。
もちろんキリミは一番外側のレーンを選択。ユウタくんとのハンデをなるべく減らすため。
1レース5人ずつ走る。キリミの順番は第7レース。1番目のレースの児童たちがクラウチングスタートの体勢を取る。ほぼ同時に、外側のレーンのさらに外に体操服を着た男の子がどこからともなく現れた。彼もクラウチングスタートの体勢を取る。ユウタくんだ。100m走の出場者だけでなく、観戦している児童や保護者全員がユウタくんの姿をハッキリと認識した。
実況「さぁ!トムソンガゼルのユウタくんが登場だぁー!今年も無敗伝説を更新するのか!?それとも誰かが食い止めるのか!?」
実況の女子児童もユウタくんを出場者の1人かのように扱っている。「こんなに盛り上がっているのに始末していいのか?」と疑問に思うキリミ。しかしPTAには保護者から「うちの子が1位のはずなのにユウタくんがいると勝った気がしない」というクレームが多数寄せられており、始末するのは絶対とのこと。
男性教師がスターターピストルを鳴らした。第1レースの走者たちとユウタくんが一斉にスタートを切る。キリミはユウタくんの走りを観察した。そしてあることに気付く。
他の走者との差ぐんぐん広げるユウタくん。その両膝は後ろに突き出るように曲がっている。普通の人間とは逆。まさにトムソンガゼルのように、速く走るための足になっているのだ。
死んだ人間が幽霊になると、超常的な力に目覚めることがある。ユウタくんの場合は生前の「誰よりも速く走り運動会のスターになりたい」という気持ちが足に反映され、高い走力を生み出す形になったのだとキリミは推察した。
第7レースが回ってくる。地面に両手の指と片膝を付くキリミ。その右隣にユウタくんが現れた。ユウタくんの顔は影になっていて見えない。
スターターピストルの音が響き、スタートを切るキリミ。ユウタくんも地面を強く蹴る。最初のストレート30mの時点でキリミとユウタくんのスピードについてこられる児童はいなかった。
実況「圧倒的だー!トムソンガゼルのユウタくんと不登校のキリミさん!プロの短距離選手顔負けのデッドヒート!」
カーブにさしかかり、キリミはさらにスピードを上げる。キリミの速度を見て、ユウタくんも加速。若干ではあるが、ユウタくんがリードした。
実況「あっという間にレースも終盤ー!実況が追いつきませーん!」
最後のストレート50m。キリミはあらかじめ、このストレートで勝負を仕掛けるつもりでいた。前半はスピードを上げ過ぎずユウタくんを油断させ、後半に最高速度で一気に突き離す。キリミは疾風のように駆ける。トレーニングの成果が出ていた。
負けじとさらに加速するユウタくん。ゴールテープが迫る。
およそ0.01秒の差。キリミがユウタくんより先にゴールした。
実況「なんとー!キリミさんがユウタくんを破ったー!歴史的勝利だー!」
両膝に手をつき、息を切らすキリミ。まるでフルマラソンを走ったかのように疲れている。その正面、5mほど離れたところからユウタくんがキリミを呆然と眺める。
キリミ「ど、どうだ……?多少ハンデはあったが、アタシの勝ちだぜ……さぁ、覚悟しな……すぐに葬ってやる」
ユウタくんの体が霧散し始める。そして晴天の彼方へと消えていった。
疲労困憊なキリミのもとにサシミが近寄り、水筒を渡す。
サシミ「お疲れ。ユウタくん、満足したみたいね。たまにはこういう暗殺もありなんじゃない?」
キリミ「……甘いなお前は。でも、今の気分は悪くねぇ」
<トムソンガゼルのユウタくん-完->
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます