トムソンガゼルのユウタくん(全2話)

トムソンガゼルのユウタくん①

シゲミの妹・サシミは、自室で勉強机に向かい学校の宿題を進めていた。その最中、背後の扉が開き、双子の姉・キリミが入ってくる。座る位置を右に90度ずらし、キリミのほうを向くサシミ。



キリミ「サシミ!アタシ、来週の運動会行くわ」


サシミ「うそ?だとしたらお姉ちゃん、土日祝と長期休暇を除いて115日ぶりに登校することになるよ」


キリミ「数えてんのかよ気持ち悪ぃなぁ……葱吐露小ねぎとろしょうのPTAが珍しくアタシに仕事を依頼してきたんだ」


サシミ「どんな?」


キリミ「『トムソンガゼルのユウタくん』っていう幽霊の暗殺。4年前まで、葱吐露小にユウタって男子がいたらしいんだ。足が速くて、運動会ではいつもスターだったとか」


サシミ「私たちが入学する前か」


キリミ「でも小6の運動会の直前に交通事故で亡くなっちまって。以来、そのユウタの幽霊が運動会の100m走のときに現れるようになったんだと。スタートと同時に出現してコースの外側を走り、ぶっちぎりの1位でゴールする。全レースに現れて、児童のプライドをへし折っていくんだってさ」


サシミ「へぇ、そうなんだ」


キリミ「去年までユウタを追い越せた者は誰もいない。その高い脚力から『トムソンガゼルのユウタくん』と呼ばれるようになったそうだ……ってお前、毎年運動会出てるのに知らなかったのか?」


サシミ「100m走って各クラスの陽キャみたいな子が参加するじゃない?明る過ぎて胸焼けがするから、見ないよう毎年トイレに避難してるの」


キリミ「お前、光属性が苦手なのか。ド陰キャだから」



ムッとした表情になるサシミ。



サシミ「でも、PTAからの依頼はいつも私に来るのに、なんで今回はお姉ちゃんに?なんか悔しいんだけど」


キリミ「血吸ちすいを逃したのがバレて、信用失ったんじゃねーの?」


サシミ「……お姉ちゃんって100m走、何秒?」


キリミ「11秒75。学校ではダントツだろうぜ」


サシミ「私より2秒近く速い。だから私じゃなくてお姉ちゃんなんだ。きっとそうだ」


キリミ「まぁ、ユウタの始末は陽キャで足の速いアタシに任せときな。お前はトイレで明太子おにぎりでも食ってろよ」



キリミの得意げな表情を見て、眉間に深いしわを作るサシミ。



サシミ「……単純な興味なんだけどさ、ユウタくんとお姉ちゃん、どっちが足速いんだろうね?」


キリミ「はぁ?アタシに決まってんだろ?」


サシミ「でも小学生が相手とはいえ、ユウタくんは誰にも負けたことがないわけで。お姉ちゃんより速いんじゃない?ウサイン・ボルトと同じくらいのスピードかもよ?」


キリミ「そんなわけ」


サシミ「じゃあ競争してみたら?ユウタくんってただレースに併走するだけで、人を物理的に傷つけるわけじゃないんでしょ?危険性は低いんだから、始末するのは競争した後でもいいじゃない」


キリミ「……これは仕事だぞ!遊びじゃねーんだよ!」


サシミ「なるほどね。自信が無いんだ」



机のほうに向き直り、宿題の続きを始めるサシミ。キリミは歯を食いしばりながらサシミの背中をにらむ。



キリミ「……分かったよ。ユウタと勝負してやる……そして絶対に勝つ!運動会までの1週間、毎日トレーニングしてタイムをあと5秒縮めて、口裂け女並みのスピードで走ってやるからな!」



そう言い残し、サシミの部屋から出て行くキリミ。サシミはしてやったりな表情を浮かべた。


その日からキリミのトレーニングが始まった。両足それぞれに15kgの重りを付けながらの走り込み、スクワット1000回、インターバル走5時間など、その内容は過酷を極めた。


庭で自分を追い込むキリミを、縁側に座って眺めるシゲミとサシミ。



シゲミ「キリミ、何であんなに頑張ってんの?」


サシミ「来週久しぶりに学校に行くから、気合い入れ直すんだって」


シゲミ「登校するのってこんなにハードル高かったかしら?」

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