動き出す浜栗組②

浜栗組はまぐりぐみの事務所から次々と出て行く、武装した組員たち。

血吸ちすいも若頭の蟹沢かにざわとともに、武里村ぶりむらを捜索するため市目鯖しめさば高校を目指す。



PM 9:21

最寄駅に向かい繁華街の中を並んで歩く血吸と蟹沢。



血吸「あの、蟹沢さん。組員のみなさん、すごい熱量でしたけど……組長の娘のかたきというだけで、あそこまで必死になれるものなのでしょうか?」



蟹沢は正面を向きながら眼球だけを動かして、血吸に視線を向ける。



蟹沢「異様な光景でしたか?」


血吸「あっ、いえ、変な意味ではなく、みなさんの結束力といいますか、組長への忠誠心がすごいなと思いまして……」


蟹沢「組の連中全員、組長おやじに恩がある。だから組長おやじが困っていれば、命を投げ出してでも解決したいと思っています。しかしそれ以上に、アイツらにとってミキホ嬢は命にも代えられない大切な人なんですよ」


血吸「大切な人……」


蟹沢「俺も含め、この道の人間はお天道様てんとうさまに顔向けできるような生き方をしていません。だから家族や教師、そして社会から見捨てられました。強面こわもての下は孤独感でいっぱいです。そんな俺たちに対してミキホ嬢は、小さいころから毎日気さくに接してくれた。明るい笑顔を向けてくれた。それは今も変わってません。あの子自身、ヤクザの娘だと罵られ、ツライ人生を歩んできたのに」


血吸「……ミキホさんは可哀想だと思いますが、裏社会で生きる人間に同情はできないというのが私の本音です」


蟹沢「ええ、血吸先生の考えは正しい。俺たちは哀れんでもらう価値すら無い人間。でもミキホ嬢だけは、俺たちが欲しくてたまらないものを無償でくれるんです。古株の組員からすると彼女は娘同然で、若い衆は姉のように頼もしく感じているでしょう。だからなんとしてでも助けたい。もちろん俺も同じ気持ちです」



蟹沢の瞳から涙が流れ、頬を伝う。



血吸「正直に言うと私は、浜栗組がどうなろうと知ったこっちゃありません。でもミキホさんを大学に合格させると、彼女自身と約束しました。その約束を反故ほごにしたくはないんです。だからミキホさんを助けたいと思っています」


蟹沢「……そうですか。ミキホ嬢は良い先生に巡り会えたみたいだ。ですが血吸先生、ミキホ嬢が組長になったらウチの組に入るんですよね?」


血吸「……へぇ?何のことですか?」


蟹沢「ミキホ嬢は血吸先生をとても気に入ってるようで、『私が組を継いだら血吸先生も浜栗組に入る』と言ってました。だからもう確定しているのだと……」


血吸「してませんよ!ミキホさんが勝手に言ってるだけです!それに浜栗組は蟹沢さんが継ぐんじゃないんですか?若頭ですよね?」


蟹沢「俺はこの先も組のナンバーツーとしてミキホ嬢をサポートするつもりです。組長になる気なんて全くありませんよ。それに、もし組長になりたいなら武里村の捜索などせず、ミキホ嬢には眠り続けてもらってたほうが好都合でしょう?」


血吸「そうかもしれませんが……浜栗組長はミキホさんをヤクザにしたくないと言ってましたよ!」


蟹沢「娘は父親の言うとおりに生きなきゃならないんですか?」



血吸をにらむ蟹沢。



血吸「いえそんなことは……」


蟹沢「最終的にどう生きるか決めるのはミキホ嬢自身です。いくら組長おやじでも強制はできません。まぁ、ミキホ嬢は浜栗組を継ぐ気満々ですが」


血吸「……大学に行くのも効率的に組を運営するためと言ってました」


蟹沢「さすがミキホ嬢だ。いつでも組のことを考え、未来を見据えている……まさにトップの器!合格できるよう頼みますよ、血吸先生。そしてミキホ嬢が大学を出たらぜひ浜栗組に」


血吸「合格はさせますがヤクザにはなりません!!」



血吸と蟹沢を含む浜栗組の組員たちによって、市目鯖高校周辺に武里村の包囲網ができ上がりつつあった。



<動き出す浜栗組-完->

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