少年とおじさん(全3話)

少年とおじさん①

黄色い校帽を頭に被り、紺色のランドセルを背負った小柄な男の子が、うつむきながら横断歩道を渡ろうとしている。しかし歩行者用の信号は赤。男の子は気付いていない。横断歩道の上を2歩進んだところで、右側から軽トラックが急接近してきた。クラクションが鳴り響いたことで、男の子はようやく迫り来る危機を自覚する。


突如、男の子の襟首が後ろに引っ張られた。尻もちをつくように倒れたが、体は道路から歩道の内側に戻っており、軽トラックと接触せずに済んだ。軽トラックはクラクションを鳴らしながら走り去る。


立ち上がって背後を見る男の子。深緑ふかみどりのスーツを着てメガネをかけた男・武里村ぶりむらが立っていた。



男の子「お、おじさんが助けてくれたの?」


武里村「おじさんか……幼いキミには私がおじさんに見えるのか。そこまでの歳じゃないんだが」


男の子「えっ、意外と若いの?何歳?」


武里村「55歳」


男の子「妥当だよ。誰が見てもおじさん。おじさんと呼ばれて当然なおじさんど真ん中」


武里村「命を救った相手に対し、その言葉は失礼じゃないかね?」


男の子「そ、そうですね。どうもありがとうございました。赤信号だったのに気づかなくて」


武里村「恩義を感じているなら、私のお願いを聞いてくれるかな?」


男の子「お願い?ボクにできることなら……」


武里村「キミが住んでる家、一戸建て?それともアパートとか、マンション?」


男の子「一戸建てです」


武里村「使ってない部屋はある?倉庫でも良いんだが」


男の子「空き部屋はないけど、庭にある倉庫はほとんど使ってません」


武里村「及第点だな。その倉庫に私をしばらく住まわせてくれないか?私は訳あって社会的に存在しないことになっていてね。家族がいる家にも、同僚がいる職場にもいられないんだ。食事は自分でなんとかするから、犬とか猫とかを拾うよりはるかに手間はかからない」


男の子「いいですけど……」


武里村「お父さんとお母さんには内緒だよ。それからキミ、お姉ちゃんいる?いるなら何歳?」


男の子「8歳上のお姉ちゃんがいます!17歳で高校2年生」


武里村「うん、私はとても運が良い。キミは今の私に必要な存在だ。名前は?」


ショウタ「ショウタです!巣凧第二すだこだいに小学校の3年生!」


武里村「よろしく、ショウタくん。私のことはそうだな……『カメラのおじさん』と呼んでくれ。ほら、おじさんの右目、スマートフォンのレンズみたいだろ?この目、カメラになっていて写真とか動画とかを撮れるんだ」


ショウタ「へぇー!すごーい!」


武里村「ぜひ、キミのお姉さんを撮影したいなぁ」


ショウタ「おじさん、カメラマンの仕事してるんですか?」


武里村「今は無職だ。でもついこの前まで高校教師をしてた。しかも校長先生だよ」


ショウタ「校長先生……もう辞めてるとはいえ教育者が女子高生の写真を撮るのはいけないことな気がする……」


武里村「いいかい?教師というのは極度の年下好きじゃなきゃ務まらない仕事なのだよ。20歳、30歳、あるいは半世紀歳が離れた子を愛せてはじめて教師ができる。私は10代後半の女の子が3度の飯より大好きなんだ。だからこそ高校の先生として長年勤められ、校長にまで上り詰められたんだよ」


ショウタ「教師ってそういうものなんですか?」


武里村「そう。例えばショウタくんの学校の先生は、小学生が大好きな大人たちってことさ」


ショウタ「違うと思いますけど……」


武里村「立ち話はここまでにしよう。早速キミの家に案内してくれ」



ショウタは武里村を伴って帰宅した。

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