盗撮魔②

武里村ぶりむら校長の死から2日後

PM 4:33

学校から帰宅し、自室でブレザーを脱いで次々とベッドに投げるミキホ。下着姿になったときだった。


カシャッ


部屋のどこからか、カメラのシャッターを切る音がした。


カシャッ

カシャッカシャッ

カシャッカシャッカシャッ


シャッター音は1回で終わらず、何度も連続する。部屋にはミキホ1人のはず。しかし至近距離からカメラで撮られているとしか思えないほど鮮明にシャッター音が聞こえる。


部屋の中を見回すミキホ。入口の扉の右隣、壁にもたれかかるように深緑ふかみどりのスーツを着た男が腕を組んで立っていた。



ミキホ「武里村……?」


武里村「やぁミキホくん。お邪魔させてもらったよ。キミに直接お礼を言いたくてね」


ミキホ「なぜ生きてる?……なんだその顔は!?」



武里村の顔には右目が無く、代わりにスマートフォンのような大きなレンズが3つ付いている。



武里村「キミも見たように、私は屋上から落ちて死んだ。今の私は魂だけの存在……いわゆる幽霊さ。そしてこの右目は、落ちたとき持っていたスマートフォンが刺さってね。一体化してしまったようなんだ」



武里村の頭からシャッター音が鳴る。さっきミキホが聞いたものと同じ音だ。



武里村「この右目のレンズで撮影した写真や映像は、私の脳という記憶媒体に保存しておける。そして体は霊体だから、どんなところにも侵入できる……これまで楽しんできた盗撮がより効率的にできるようになったというわけだ!だからキミに感謝しているのだよ!私を死に追いやってくれたキミにね!」


ミキホ「墜ちるところまで墜ちたか……ならそのまま地獄に墜ちろ!」



ミキホはベッドの上に置いたスカートのポケットからバタフライナイフを取り出す。



武里村「そしてお礼のついでにキミを撮りに来たんだ」


ミキホ「撮影会なんてやってねーよボケェ!!」



ミキホは右手に握ったバタフライナイフで武里村の首を刺そうとする。その寸前、再びシャッター音が鳴った。直後、ミキホの体からもう1つ透けた体が飛び出した。ミキホの体を抜け出た魂だ。


ミキホの魂は武里村の顔のレンズに吸い込まれていく。



武里村「昔の人は『カメラで写真を撮られると魂をられる』なんて言ったそうだが、あながち迷信でもないようだ。私の『顔面カメラ』は『魂を奪(撮)る』ことができるのだよ」



糸が切れた操り人形のように、目を開けたまま床に倒れるミキホの体。



武里村「さて、お礼も済んだし、他の女子生徒の家を回るか」



ミキホの部屋の入口がノックされた。扉越しに若い男の声が室内に響く。



男「ミキホ嬢、血吸ちすい先生がいらっしゃいましたぜ!開けますよ!」



武里村は扉と反対側の壁をすり抜けて部屋から立ち去る。ミキホの体は家庭教師の血吸と組のチンピラに発見され、そのまま病院に運び込まれた。



−−−−−−−−−−



翌日 PM 3:56

ヒョウモンダコ大学付属病院

1人用の病室の扉が開き、サエが入る。学校終わりでミキホのお見舞いにやって来た。部屋の最奥に置かれたベッドの周りを柄の悪い男6人が囲んでいる。ベッドの上には目を開けたまま仰向けで呼吸器を付けているミキホ。


枕元にある丸椅子に座っていた、灰色スーツの男性が立ち上がった。ミキホの父・浜栗はまぐり ドンゾウ。



ドンゾウ「ミキホのお友達ですか?」


サエ「はい……担任の先生から、この病院に運び込まれたと聞きました。ミキホちゃんの容態はどうなんでしょうか?」


ドンゾウ「心拍は正常に機能していて生きているのですが、意識だけが一向に戻りません……医者は、基礎疾患もないし外傷もないので、突然意識を失うことは考えにくいと言っています」


サエ「……原因不明ってことですか」


ドンゾウ「一体何がどうなっているのやら……今はとにかく、ミキホの意識が戻るのを待つしか……」


サエ「私も、来られる日はなるべくお見舞いに来ます。呼びかけ続ければ、ミキホちゃんの意識が戻るかもしれません」



ドンゾウとその舎弟たちは涙を流しながらサエに何度も頭を下げた。ミキホの様子を確認し、ひとしきり声をかけた後、病室から出たサエ。病院の入口に向かって廊下を歩いている途中、医師と看護師数名が運ぶ担架とすれ違った。担架に乗せられている少女は、ミキホと同じように仰向けで目を開けたまま、サエが着ているのと同じ市目鯖しめさば高校のブレザーを身につけていた。

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