湯出蟹食堂(全2話)

湯出蟹食堂①

広背ひろせモモの生配信から一夜明け、シゲミはスキンヘッドタンクトップこと撃山 九連うちやま くれんにポコポコの母について連絡を入れた。撃山からも「伝えたいことがある」とのことで、直接会って話をすることになった。


撃山から指定されたのは東京都の西部にある「湯出蟹食堂ゆでがにしょくどう」という小さな古い定食屋。老夫婦が2人で営んでおり、店の内装は昭和初期を思わせる。壁の至るところに貼られたメニューは全て手書き。


シゲミは市目鯖しめさば高校の空手部エース・キョウイチと、同じクラスのジンを伴って湯出蟹食堂へ向かった。シゲミとジンはブレザーだが、キョウイチは空手道着を着て来た。シゲミがキョウイチに連絡した際、「ポコポコ」という名前を出したことで警戒し、いつでも戦えるよう準備してきたのだ。キョウイチはかつてポコポコ教の信者と戦闘になり、数ヶ月の入院が必要なほど負傷したことがある。


湯出蟹食堂の暖簾をくぐるシゲミ、キョウイチ、ジン。「いらっしゃーい」という老婆の元気な声が響いた。店内にいる客は、車椅子に座る撃山のみ。最奥の4人掛けの席でソースカツ丼を食べている。


撃山の隣にシゲミが、正面にキョウイチとジンが座った。



撃山「よぉシゲミ嬢ちゃん。ハルミさんは元気か?」


シゲミ「ええ。元気すぎるくらい。撃山さんの足、まだ治らないの?」


撃山「時間がかかるらしい。俺は担当医がヤブなんじゃないかと疑っている。それで、空手家のキミは前にポコポコの信者と戦ってくれた子だな。もう1人の坊ちゃんは……」


シゲミ「私と同じクラスのジンくん。殺し屋見習い」


ジン「シゲミさんには遠く及びませんが、少しでも力になれればと思って来ました」


撃山「頼もしいね。何か注文しなよ。ソースカツ丼がおすすめだ。俺の奢りだから金は気にすんな」


シゲミ「じゃあ私、エビフライ定食」


ジン「俺はお腹空いてないから、かき氷でいいかな。ブルーハワイ」


キョウイチ「俺はソースカツ丼……じゃなくて親子丼とハヤシライス、チャーシュー麺、カニ玉、チャーハン、餃子3人前、それと大盛カレー」


撃山「……まぁ好きなの食べなよ。姉ちゃん聞こえてたー?」


老婆「聞こえてたよー!すぐ出すから待っててー!」


撃山「メシが来る前だが話を始めよう」


シゲミ「待って撃山さん。ここで話して大丈夫?」


撃山「心配すんな。ここは俺らみたいな殺し屋や裏社会の人間たち御用達の店で、グルメサイトでの評価は星0.2。一般人が来ることはまずない。黒い話をするにはピッタリ。店主の夫婦も元殺し屋だ」


シゲミ「なら大丈夫ね」


キョウイチ「俺は殺し屋じゃないんだけどな……」


撃山 「早速本題に入る。田代たしろのとっつぁんが殺された」


シゲミ「……そう」


キョウイチ「田代って、たしか……そ」


シゲミ「怪我したキョウイチくんを病院まで運んでくれた人」


撃山「一昨日、とっつぁんの弟子っていう女の子から電話があってな。勤め先の学校で殺されたらしい。殺したヤツは長い黒髪に白っぽいワンピースを着た痩せ型の女。腕が水みたいに溶けて変形したそうだ」


シゲミ「私が見たポコポコの母と同一人物でしょうね」



老婆がトレーに料理を乗せて席まで運んできた。「おまちどー」と言いながらシゲミの前にエビフライ定食、ジンの前にかき氷、キョウイチの前に親子丼を置き、厨房へ戻る。



撃山「ポコポコの復活と復讐を同時にやるつもりだろう。復讐対象は俺とシゲミ嬢ちゃん、ハルミさんは確定的。信者と戦ったキョウイチ坊っちゃんも狙われるかもしれねぇ」


キョウイチ「だから俺もここに呼ばれたんですね」



老婆がハヤシライス、チャーシュー麺、カニ玉を運んで来た。「おまちどー」と言いながらキョウイチの目の前に置き、再び厨房へ戻る。



撃山「俺にとって田代のとっつぁんは昔馴染むかしなじみでも何でもねぇ。けど何もしてやれないのはしゃくだ」


シゲミ「私も同じ気持ち」


ジン「田代さんって、2人の知り合いなんですよね?殺されたのに2人とも妙に冷静というか」


シゲミ「田代さんも殺し屋。殺し屋は自分の死を常に覚悟しているし、同業者が死んでも当然のように受け入れるもの……それはそれとしてムカつく」


ジン「……複雑だね」


撃山「ポコポコが復活しちまったら、またとんでもない騒ぎになる。とっつぁんの仇討かたきうちをするしないに関わらず食い止めねぇと」


キョウイチ「ならポコポコの母のところに乗り込みますか?」


シゲミ「配信中に住所らしきものを言っていたから、いつでも乗り込める。けど、迂闊に飛び込むのは危険ね」


ジン「わざと住所をさらし、ターゲットを誘い出して始末する罠か。自分で探し回るより合理的だ」


撃山「それと体を水に変えるってのも気になる。攻撃が効かないかもな。ポコポコだって不意打ちしか効かない化け物だった」


シゲミ「昨日の配信者、ポコポコの母を叫び声だけで追い払ったの。私の友人がその人にコンタクトをとってる」


撃山「叫び声で?ソイツも化け物じゃねぇだろうな?」


シゲミ「その人の協力が得られれば、こっちからポコポコの母を襲撃するのはアリね」


撃山「……なぜ追い払っただけだと分かるんだ?死んだ可能性もあるんじゃねぇの?」


シゲミ「配信より後の時間に、通行人を殺してるポコポコの母を撮影してSNSにアップした人が大勢いる。だからまだ生きてる」



老婆がチャーハン、餃子3人前、大盛カレーを運んで来てキョウイチの前に置く。



老婆「どこかに拠点を構えて、準備を整えたほうが良いんじゃないかしら?」


シゲミ「そうね……っておばあさん、聞いてたの?」


老婆「定食屋やって60年!この店で鳴る音ならハエの羽音でも聞き逃さないよ!」


撃山「姉ちゃんの言う通りだな。罠の可能性も考えて十分に準備できる時間と場所が要る。だが悠長にもしてられん。その間にポコポコの母ちゃんのほうから攻撃を仕掛けてくるかもしれねぇ」


シゲミ「……キョウイチくん、ジンくん。しばらく私の家でお泊まりね。防衛設備が整ってて自宅にいるより安全だから」


キョウイチ「いきなり!?……どうしよう。俺、彼女がいて、女子の家に泊まってるなんて知られたらブチギレられるの確実だ」


シゲミ「妹たちのスパーリング相手になってくれない?まだ10歳だけど殺し屋で、アメリカ海軍の特殊部隊員とも張り合える」


キョウイチ「押忍!相手にとって不足無し!彼女には『武者修行の旅に出る』と伝える」


ジン「キョウイチくん戦闘狂かよ……俺もどうしよ。週末サバゲーの予定があるし」


シゲミ「うちの地下に実弾射撃場があるよ。祖母が撃ち方を教えてくれると思うけど、ジンくん興味ない?」


ジン「ある。よろしくお願いしますとお祖母さんにお伝えください」


撃山「すっかりツボを押さえられてるな。だが悪くないチームだ」


シゲミ「撃山さんは?」


撃山「俺は人の家だと気が張って眠れなくなるタイプだから、お世話にはならねぇ」

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