崖っぷちアイドル④

PM 11:05

運転席に座り、シャケ弁当を食べる裏皮うらかわ。103号室に入ったアイドルは、夜が明けるころには殺人鬼の幽霊によりバラバラにされている。長丁場だが、裏皮はただ待っていれば良い。日が昇ったらカメラを回収し、録画映像を編集する。とても簡単な仕事だ。


弁当を食べ終え、座席の背もたれを倒す。直後、裏皮を強い耳鳴りが襲った。キーンという高い音が鼓膜だけでなく脳髄まで揺らす。視界が大きく歪んだ。思わず両耳を手で押さえるが何の効果もない。


異変が起きたのは、裏皮の体だけではなかった。『メゾン・チラミセ』各部屋の窓ガラスが全て割れ、ワンボックスカーのガラスも粉々なる。シートの上で仰向けになっていた裏皮に粉状のガラスの破片が降り注ぐ。


30秒ほどで耳鳴りはおさまった。何が起きたのか分からず、言葉を失う裏皮。


ズボンの右ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動する。モモからの着信だった。



裏皮「モモ……お前大丈夫か?」


モモ「裏皮さぁぁぁん!幽霊出ましたぁぁぁん!」


裏皮「……でも生きてるんだよな?ちょっと待ってろ。すぐ行く」



裏皮は電話を切り、車から降りて103号室に向かった。玄関の扉を開け、電気をつける。中には部屋の真ん中でうずくまり号泣するモモ。窓ガラスは全て割れており、仕掛けたカメラのレンズにもヒビが入っていた。



裏皮「何があった?殺人鬼の幽霊はどうなった?」


モモ「分かりません〜!っていうか幽霊じゃなくて私の心配してくださいよ〜!」


裏皮「俺も混乱してるんだよ!とにかく何があったのか、カメラを確認してみよう」



裏皮は天井に設置したカメラの1つを外し、録画データを再生した。裏皮の背後からモモも画面を覗く。



画面には数分前の、床の上で三角座りをするモモが映っている。その背後にどこからともなく男の幽霊が現れた。ブリーフしか履いていない、ビール腹の中年男性。右手で包丁を逆手に握り、今にもモモに振り下ろそうとしている。


幽霊の気配に気づいたモモは振り返り、絶叫する。その声は一瞬で超高音域に達し、カメラのマイクでも収音できていなかった。悲鳴を聞いた幽霊は包丁を床に落とし、手で両耳を押さえ悶絶しはじめる。窓ガラスが砕け、カメラの画面にヒビが入り、幽霊は霧散した。



裏皮「あの耳鳴り……モモ、お前の叫び声か。お前の叫びが超音波となってガラスを割り、幽霊をかき消したんだ……」


モモ「じゃあ私、生き残れたってことですか〜!」



さっきまで号泣していたモモの表情が満面の笑みへと変わる。笑顔になったのは裏皮も同じだった。



裏皮「これだ……お前の強み!幽霊をかき消すほど不快な超音波絶叫!この映像をXYZtubeで公開し、テレビ局にも持ち込むぞ!……売れる!お前は間違いなく売れる!」



この映像をきっかけに、万年不人気アイドル・広背ひろせモモは、「除霊音波系アイドル」としてのキャリアを切り開いていくことになる。



<崖っぷちアイドル-完->

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