無限タクシー(全2話)

無限タクシー①

PM 8:35

上下グレーのスーツに黒いワイシャツ、ノーネクタイの男・麹町こうじまち。42歳の独身男性で、暴力団・鮮魚会浜栗組ぜんぎょかいはまぐりぐみの構成員。つい5分前、元構成員の男とその妻および子どもを路上で銃殺した。男は組の金を無断で使い込んで逃げた疑いがあり、上層部は麹町に始末するよう命令を出していた。


麹町は家族と一緒に歩く男を発見。殺そうにも家族に見られてしまうため実行するか迷ったが、場所は人通りのない住宅街で、始末するなら絶好のチャンス。そこで家族もとろも男を撃ち殺した。



殺害現場から少し歩いた、小肌区浜知町こはだくはまちちょう2丁目でタクシーを拾った麹町。後部座席の扉が開き、乗り込む。車のラジオからはQueenの『Don't stop me now』が流れている。運転手の趣味なのだろう。麹町も好きな曲だったため、止めるようには言わなかった。



運転手「どちらまで?」


麹町「鯖氷さばごおり駅」



扉が閉まり、発車する。数分の沈黙の後、70歳近いであろう男性運転手が口を開いた。



運転手「お仕事帰りですか?」



麹町は鬱陶しそうな表情を浮かべながら窓の外を眺め、運転手の質問を無視する。



運転手「すみませんね。今日初めてのお客さんなもので、ついお喋りしたくなってしまいました。朝からずっと走り回っているのですが、この時間まで全くお客さんを拾えず」


麹町「だったら1人で喋ってろ。なんでテメェの退屈しのぎに付き合わないといけねぇんだよ、めんどくせぇ」


運転手「そうですか。では続けさせてもらいますね。お客さん、人を殺しましたよね?」



麹町は窓の外に向けていた視線を運転手のほうに切り替える。



麹町「はぁ?何言ってんだよ?」


運転手「あっ、反応してくれた。これ、無視するお客さんでも必ず反応してくれる魔法の言葉なんですよ」


麹町「急に殺人者扱いされたら反応するに決まってんだろ!次やったらマジでぶっ殺すぞ!」


運転手「さっき殺した人たちのようにですか?」


麹町「ああ?いい加減にしろよこのすっとこどっこい!」


運転手「おっと、手厳しいお言葉だ」


麹町「なんでテメェが被害者ヅラしてんだよ!突っかかって来たのはそっちだろうが!」



ラジオの『Don't stop me now』が突然止まり、若い男性の声が流れる。



男性アナウンサー「番組の途中ですが、臨時ニュースです。本日午後8時30分ごろ、東京都内にて男性1名、女性1名、男児1名の計3名が路上で死亡しているのが発見されました。3名は家族と見られ、警察の調べでは拳銃で射殺されているとのこと。詳細な場所の情報も入ってきております。場所は小肌区浜知町2丁目付近で、近隣住民は銃声のような音が聞こえたと……」


運転手「射殺事件ですか。日本も物騒になりましたね……小肌区浜知町2丁目?お客さんを乗せた場所じゃないですか。時間も近い」


麹町「だから何だよ」


運転手「何か聞きませんでしたか?その……銃声とか悲鳴とか」


麹町「……何も聞いてねぇな」


運転手「そうですか。そういえばお客さん、大変失礼ですがその……匂いがするんです。アナタから硝煙しょうえんの匂いが。なぜでしょうか?」


麹町「そういう香水をつけてるんだよ!硝煙っぽい匂いの香水を!くせぇとか言うなよ?スメハラになるぞ」


運転手「スメハラ……アニメキャラクターの名前ですか?」


麹町「つーか、テメェよぉ!そうやっていちいち客のこと詮索してんのか?黙って運転しろこのおたんこなす!」


運転手「分かりました。では黙ります。オナラはしても構いませんか?」


麹町「屁もこくな。ゲップもするな。腹の虫も鳴かせるな」



運転手が会話を止めてから30分が経過した。目的地の鯖氷駅にはとっくに到着している時間だ。しかし、一向に駅に到着する気配がない。



麹町「おいまだか?テメェ、わざと遠回りしてるんじゃねぇだろうな?客が少ないからって俺からふんだくってやろうと」


運転手「そうですね、だいぶ遠回りしておりますよ」


麹町「おいメーター!1万2000円って何だよこの金額!」


運転手「すみません、もっと上げたほうがよろしいでしょうか?」


麹町「そうじゃねぇ!高すぎるって言ってんだよ!さっきからおちょくりやがって!俺を怒らせてぇのか!?」


運転手「はい、そうです」


麹町「おとぼけジジイが……タクシーを止めろ。今すぐ止めろ!」



麹町はジャケットの内ポケットから回転式拳銃を取り出し、後部座席から手を伸ばして運転手の頭に銃口を突きつけた。

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