崖っぷちアイドル③

PM 6:20

周りをブロック塀で囲まれたアパート『メゾン・チラミセ』の前にワンボックスカーが止まった。車から降りる裏皮うらかわとモモ。


『メゾン・チラミセ』は建物の壁面が真っ白で、汚れがほとんどない。一見するとかなり新しいアパートだ。殺人鬼の幽霊が出る部屋があるとは到底思えない。



裏皮「えげつない事故物件だから、外観だけは新築みたいに綺麗にしてるんだと。んじゃ103号室に行こうか。カメラを仕掛けて、幽霊が出るのを待つ」



小さな鉄製の門を開き敷地内へ。1階の最奥にある103号室の扉の鍵を、裏皮が慣れた手つきで開けた。扉を入ってすぐ右手に小さいキッチンがあり、正面にはトイレ、その左横に風呂。さらに左隣に部屋へつながる扉がある。部屋は8畳ほどのワンルーム。床はフローリングで壁は白。家具は1つも置かれていない。


裏皮は背負っていたリュックサックを床に下ろし、中から小型のカメラを5台取り出した。部屋の天井や床の隅に設置していく。やはり慣れた手つきだ。何度もこの部屋で撮影しているというのは本当の話なのだろう。



裏皮「カメラ設置完了。あと、モモのスマホで自撮りもしといてくれ。それじゃあ幽霊が出るまでここで待機」



裏皮は玄関から外に出ようとする。



モモ「えっ、裏皮さんどこ行っちゃうんですか?」


裏皮「車だよ。俺は外で待機してるから」


モモ「ええ〜っ!?私1人〜!?」


裏皮「俺まで殺されたら事務所どうすんだよ。何かあったらすぐ外に出て、車まで逃げて来い」


モモ「そんな無責任な〜!」



裏皮は玄関の扉を開けて外に出ると勢いよく閉め、鍵をかけた。



−−−−−−−−−−



部屋の中心で三角座りをするモモ。待機しはじめてから4時間が経過しており、外はすっかり日が落ちていた。裏皮からは「映像をより怖くするために部屋の電気はつけるな」と言われている。暗い部屋の中、頼りになるのは自分の顔を撮影している手持ちのスマートフォンの灯りだけ。


立ち上がり、窓へと近づき外を見るモモ。ブロック塀の向こう側に、裏皮のワンボックスカーの上部だけが見える。車は最初に停車した位置からずっと動いていない。裏皮もまだ待機し続けているということだ。


モモは、サバンナで衰弱して今にも息絶えそうなシマウマのような気分になった。裏皮はその瞬間を狙っているハゲタカ。


モモは窓から離れ、部屋の中央で再び座る。そして自分の人生を振り返った。


幼い頃から憧れたアイドル。その夢は、話す人全員にバカにされた。両親、兄妹、学校の先生、友人たち、誰もが口を揃えて「夢を見るのはやめろ」と言った。だから高校を卒業と同時に家を飛び出し、上京。笑ったヤツらを見返すためにアルバイトをしながら芸能プロダクションのオーディションを片っ端から受けた。


結果は鳴かず飛ばず。ようやく受かったプロダクションでもろくな仕事がもらえず、気付けば15年近く経っていた。今は殺人鬼の幽霊が出る部屋で自分のスナップフィルムを撮影している。


こんなはずじゃなかった。輝かしい人生が待っていると思っていたのに、自分の辿ってきたアイドル生活は、この部屋よりも暗い。


スマートフォンの画面に映った自分の顔を眺めるモモ。絶世の美人ではない。けれど、それほど悪くないとも思っている。顔がカワイイだけでアイドルとして売れるわけではないが、もう少しチャンスに恵まれても良かったのに……そんなことを思った直後、カメラの端、モモの背中から2mほど離れた部屋の隅に直立するブリーフ一丁の男が映った。

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