1対1

AM 0:20

車椅子を飛ばし、剣崎けんざきが待つ埠頭へと戻ってきた撃山うちやま。着地し、手元のレバーを手前に倒すと、両翼が小さく折り畳まれた。



剣崎「ポコポコは?」


撃山「荷電粒子砲かでんりゅうしほうが直撃して海に落ちた。まだ死んでねぇだろうが、もうこの車椅子を飛ばし続けるだけの燃料が無いんで、捜索はできなかった」


剣崎「ハルミ様は無事ですか?」


撃山「大丈夫だ。『自力で帰るから放っておけ』ってよ」


剣崎「そうでしたか……では、私の部下を総動員し、ポコポコを捜索します」


撃山「見つけても手を出さないように指示してくれ。ヤツの居場所だけ分かれば良い。それから先は、また俺の仕事だ」



−−−−−−−−−−



AM 2:15

ポコポコが拠点にしているネバーホテルの1階エントランス


入口の自動ドアが開き、ポコポコが入ってくる。全身ずぶ濡れで、至る所に火傷を負い、左肩から先を失っていた。その姿を見た受付カウンターの男性スタッフの目が丸くなり、顔が青ざめる。



スタッフ「よ、407号室のポコポコ様ですよね……?そのお体は……?」


ポコポコ「やぁ受付のお兄ちゃん……今すぐに……チェックアウトできるかな?」


スタッフ「か、可能ですが……」


ポコポコ「時間がないから手続きは代わりにやっておいてくれると助かるなぁ……もちろん追加料金も払う……ただ、今は手持ちのお金がないから……担保としてこれ、受け取ってもらえるかなぁ?」



ポコポコは右手で持っていた、自身のちぎれた左腕をカウンターに置いた。



スタッフ「うわぁぁぁぁぁっ!」


ポコポコ「荷物をまとめたら宿泊費を払いに戻るよ……それじゃあ」



ふらふらと歩きながら、エレベーターに乗るポコポコ。4階の自室を目指す。



ポコポコ「くそっ……思ったより傷が深い……回復するまで体を休めんと……」



エレベーターが4階に到着。壁に体を沿わせながら、407号室の前まで歩き行き、扉を開けるポコポコ。中ではキョウカがベッドに腰掛け、ストロベリーの頭やアゴを撫でていた。



キョウカ「おかえり。だいぶ苦戦したみたいね」


ポコポコ「まだヤツらを仕留められてへん……体の回復が先や。ここはヤツらにばれとる。場所を移すで」


キョウカ「アナタをそこまでボロボロにするなんて。誰にやられたの?」


ポコポコ「田代たしろとシゲミは入院中やろ?ほなら、撃山しかおらへん」


キョウカ「そうだったの。だから彼、ついてきたのね」



ポコポコが振り返る。車椅子に乗った撃山が玄関扉から部屋に入って来ていた。



撃山「満身創痍で余裕がなくなっているお前の居場所を特定し、尾行するのは造作もなかった。お邪魔するよ」


ポコポコ「……トドメを刺しに来たか」



ストロベリーが撃山に向かって吠える。



キョウカ「ケンカ売っちゃダメよストロベリー。あの人、危ないわ」


撃山「そこの嬢ちゃんとワンちゃんには手を出さん。その代わり、今ここで俺と勝負しろ、ポコポコ。今の俺は、銃もナイフも持ってない。車椅子も、何の仕掛けも施していない普通のものに乗り換えてきた。唯一ある武器は、これだけだ」



撃山は車椅子の背もたれの後ろに右手を回す。大きなポケットの中から、ウイスキーのボトルを1瓶取り出した。



撃山「お前は酒に弱いんだろ?酒は悪いものを清めるって昔からいうしな。そしてお前はかつて、酒を飲みすぎて成仏したことがある」


ポコポコ「なぜそのことを……」


撃山「仲間が調べ上げてくれた。それだけじゃない。お前をここまで追い込んだ全てが、俺の仲間たちの力。しかしここからは1対1サシの勝負だ。俺はカシスウーロン1杯でぶっ潰れるほどの下戸げこ。酒が弱い者同士、飲み比べラストバトルといこうぜ」



撃山は両腕で車椅子からお尻を持ち上げると床に降り、ギプスで固められた両足であぐらをかく。そして目の前にウイスキーボトルを置いた。



撃山「俺は丸腰で両足は使えない。お前は手負い。状況はイーブンだろう」


ポコポコ「……」


撃山「ビビってんのか?怪異の王ともあろう者が、こんな人間一人に怖気付いている?」


ポコポコ「……ええで。望むところや。けど、もしお前が先に潰れたら、どうなるか分かっとるやろな?」


撃山「煮るなり焼くなり燻製くんせいにするなり好きにしな」


ポコポコ「さよか……キョウカちゃん、冷蔵庫の側にグラスがあったはずや。2つ持ってきてくれるか?」


キョウカ「分かった」



ポコポコが撃山と向かい合うようにあぐらをかく。キョウカは2人の前にグラスを1つずつ置いた。グラスに並々とウイスキーを注ぐ撃山。



撃山「ストレートで良いよな?」


ポコポコ「ああ、割りものなんて野暮なもんは要らん」



グラスを手に取り、口をつける撃山とポコポコ。



撃山「ぐわはっ!何じゃこれクソまず……いやぁ、楽勝だな。マジうめぇ」


ポコポコ「のふぁっ!強すぎ……でもないなぁ……思ったほどでもないわ」



睨み合う撃山とポコポコ。



撃山「どうした?早く飲めよ?」


ポコポコ「そっちこそ、楽勝なんやろ?」


撃山「お前が飲んだら飲む。一気してやる」


ポコポコ「こっちも同じや。お前の後に一気飲みしたるわ」


キョウカ「強がらずに割ったら?私、元キャバ嬢だからお酒作るの得意だよ。お金は取るけど」


ポコポコ「アカン。キョウカちゃんは手出し無用や。どっしり座って見とけばええ」



撃山は大きく息を吐くと、ウイスキーを一気に飲み干した。



撃山「ぐふぅふぅ……おえっ……ふぅ……んふぅ……ど、どうだ?飲んだぞ?俺が飲んだらお前も飲むんだよなぁ?」


ポコポコ「くそっ……いったらぁっ!」



ポコポコも一気飲みする。



ポコポコ「ごほっ!おぼえっ!……ぐふぅん……ふぅん……よ、余裕や。まだまだ成仏する気せぇへん」



撃山は震える手でボトルを掴むと、グラスに2杯目を注いだ。

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