深淵への潜入(全3話)

深淵への侵入①

ある大富豪の屋敷で執事をしている男・剣崎けんざき。オールバックに銀縁メガネ、黒いスーツが彼のスタンダードファッションだ。


掃除、洗濯、料理、カバの世話といった執事としての仕事のかたわら、ポコポコを追う撃山うちやまたちをサポートするべくポコポコに関する情報収集も行なっている。が、剣崎が想定していたより遥かに情報収集は捗っており、普段の執事業のほうが忙しいくらいだ。


ポコポコは身を隠すつもりがないのだろう。変装すらせず毎晩遊び歩いている。さらに銀行を襲撃したり、追ってきた警察を皆殺しにしたりなどその悪行は目立ち、各種メディアで毎日取り上げられているほど。そのため剣崎が自分から行動しなくてもポコポコに関する情報が何かしら入ってくる。


もちろん剣崎も能動的に情報収集をしているが、そのたびに思うのはポコポコの脇の甘さが尋常ではないことだ。剣崎が2m後ろを尾行しても気付く様子がない。芸能人だったら週刊誌にスキャンダル記事が200回は載って、とっくに引退に追い込まれているだろう。周囲を全く警戒しない怠慢は強者ゆえか。しかし、そのおかげで剣崎はポコポコの潜伏先まで掴むことができた。ネバーホテル407号室。ポコポコは夕方から翌朝にかけて遊び呆けた後、寝るためだけに407号室に帰ってくる。


これだけでも充分な収穫と言えるが、剣崎は「ポコポコの脇の甘さなら、もっと接近すれば更なる情報を得られるかもしれない」と考えていた。特に欲しいのは、ポコポコの除霊方法に関する情報。


407号室に潜入すればそのヒントが得られるかもしれないと予想した剣崎。ポコポコが夜の街へ遊びに出かけたタイミングを見計らい、ネバーホテルのエントランスに入った。エレベーターで407号室がある4階へと昇る。ごく普通のビジネスホテルであるため誰でも入れるが、剣崎のキッチリとしたスーツ姿はホテルマンのようで、エレベーターに乗り合わせた客にも、廊下ですれ違った客にも怪しまれる様子は一切ない。完全にホテルに溶け込んでいた。


何事もなく407号室の前に到着。「もしかしたら」と思い、ドアノブに手をかけ、扉を引く。鍵がかかっていない。考えられないほどの防犯意識の低さだ。室内は電気がつけっぱなしで、入口から部屋の奥まで見通せる。誰もいないことを確認した剣崎は部屋へ侵入した。


ベッドが一台、壁に密着した机、バスルームにウォークインクローゼット。どこにでもある一人用の部屋だ。異様な点といえば、床にカップラーメンの容器やジュースの空き缶などが散乱していることくらい。



剣崎「くっ、掃除したい……執事の血が騒ぐ……しかし物の配置が変われば、侵入したことがポコポコにバレてしまう……でも片付けたいし、ついでに料理も作ってやりたい……不健康なものばかり食べて」



剣崎は自分の両頬を平手で2回叩き、意識を情報収集に集中させる。ポコポコを除霊する手がかりを見つけるために。



???「ダメじゃないか、人の部屋に勝手入るのは」



剣崎の背後から男の声がした。振り返ると、部屋の入口に白い中折れ帽とロングコートを身にまとった長身の男性が立っている。部屋の中には剣崎しかいなかったはずであり、扉が開いて誰かが入ってくる音もしなかった。そして男の体はかすかに透き通っている。この部屋に住む幽霊だと剣崎は悟った。

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