サルとゴリラ③

鉄の棒を押し当てられているかのように痛み、血が流れる左耳を手で押さえながら、 猿井さるいは無我夢中で走る。 増羅ましらは密林を知り尽くしたハンター。少しでも足を止めれば、追いつかれてしまうだろう。


しかし猿井にとって想定外の問題が発生する。どれだけ走ってもテントに辿り着けない。あたりは見渡す限りジャングル。道標になるものはない。猿井はテントの場所が分からなくなってしまったのだ。それでも感覚を頼りにひたすら走る。が、何かにつまづきお腹から地面に転んでしまった。



増羅「迷子のお知らせです。日本からお越しの 猿井 猛さるい たけるくん、猿井 猛くんのお父様は迷子センターまで……なんてアナウンスしても誰にも届かない。誰も助けに来ない。これが密林の恐ろしいところだよ」



猿井がつまづいたのは、増羅の足だった。増羅はその経験から猿井の動きを予測し、先回りしていたのだ。立ち上がろうとする猿井の背中を、右足で強く踏みつける増羅。そして後頭部に銃口を向ける。



増羅「おじさんのお願いを聞いてえらえるかい?ゴリラを殺したこと、お父さんに黙っててくれれないかな?そうすればお坊ちゃんの命は見逃すよ。どうだい?」


猿井「……お前は、最初からゴリラを殺すために、ボクたちの旅に付いて来たのか……?」


増羅「おじさんはハンター。より大きな動物をたくさん仕留めるのが仕事であり趣味なんだよ。ゴリラも一度は殺したいと思っていた。そんなとき、キミのお父さんがボディーガードを募集しているじゃないか。渡りに船だったってわけさ」


猿井「このトコジラミ!ゴリラに愛情と敬意を持たないお前は絶対に許さん!」


増羅「そうか。じゃあ死んでもらおうかな」



増羅が猟銃のトリガーに指をかけ、力を入れる。トリガーを完全に引き切る寸前、銃口と猿井の間に真っ黒で小さい毛の塊が現れた。塊は宙に浮いている。



増羅「なんだ?」



塊はどんどん大きくなる。増羅は右足を猿井の背中から離し、後ずさった。毛の塊は大きなゴリラへと姿を変えた。身長は2m、体重は200kg近い大型。猿井をまたぐように立っている。



増羅「ゴリ……なんでここに……」



増羅は咄嗟に猟銃をゴリラに向けるが、ゴリラは右手で銃口を掴むと、真上へと90度に折り曲げた。それでもお構いなしにトリガーを引く増羅。銃身内で弾が暴発し、砕けた銃の破片が飛び散る。増羅は暴発した勢いで腰を抜かし、破片を浴びて全身のあらゆる箇所から出血。立ち上がることすらできなくなる。一方でゴリラは体を低くして四つん這いになり、その背で爆発と破片から猿井を守った。



🦍「グルルルルル……」



ゴリラが立ち上がり、ゆっくり増羅へと近づく。猿井は上半身を起こしてゴリラの背中を見た。傷を負っているが、物ともしていない。口から血の泡を吹き出し、ゴリラに向かって喋り出す増羅。



増羅「お前……さっきの……悪かった……俺が」



もちろん人間の命乞いがゴリラに通じるはずがない。ゴリラは上から下へ叩き落とすように両の拳を何度も振って増羅を連打する。



🦍「ウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホォーーーッ!」



増羅の首や腕、腰、足はあらぬ角度に曲がり、ゴリラがラッシュを終えたときには原型と留めていなかった。



−−−−−−−−−−



猿井 猛には2人の父親がいる。1人は猿井を生み、育て、ゴリラとの接し方を教えてくれた実の父。もう1人はあの日以来、背後霊として猿井を守り続けているゴリラの「ゴリーウホウホ」。


3人ともすでに故人だが。



<猿とゴリラ-完->

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