緊急停車④

スーツ「お前……ドア斬れたのかよ!なんで今までやらなかった!?」


田代「そのご婦人に止められてましたし、弁償することになるでしょうから、車両は壊したくなかったのですよ」



スーツの男性は立ち上がると、田代の胸ぐらを掴む。



スーツ「ふざけんなよこのハゲェ!お前が早くやらないから俺はあのカルトババアと盲信高校生もうしんこうこうせいに殺されかけたんだぞ!」


田代「やりたくなかったと言ったでしょう?それに死ななかったのだから良かったじゃないですか」


スーツ「テメェ寝ぼけたことを」


???「あれれぇ〜?もう出ちゃうの?まだ試したいことが色々あったのになぁ〜」



突如車内に流れるアナウンス。しかしその声はかなり若い。まだ声変わり途中の中学生男子のようだ。



スーツ「ヒッ!」



スーツの男性は田代の胸ぐらを離すと、青ざめた表情を浮かべながら2歩退しりぞいた。田代の後方、約10m離れた場所にある運転席の扉がひとりでに開く。田代が振り向くと、扉の向こうに広がる暗闇から、一人の少年が現れた。白いワイシャツに黒いズボンの、10代前半くらいの少年。左手で、運転士と思われる制服姿の男性の襟首を掴み引きずっている。運転士はピクリとも動かない。



田代「元凶げんきょうだな」


スーツ「ヒィィィィィィッ!」



スーツの男性は田代が斬った扉へと飛び込むように外へ逃げ出した。



女性「あ、あれが……今こそポコポコ様のお力を借りるときよ!さぁ祈りの続きを!あの悪しき存在を追い払うのだ!」


高校生「はい!我が心身しんしんは全て、ポコポコ様のために!」



田代の背後で念仏を唱え始める女性と高校生。「はぁ」とため息をついた田代は、その場で半回転しながら刀を振り抜き、ひざまずく2人の頭上で刃を水平にピタリと止めた。田代が少年のほうへ向き直りながら刀をさやに戻すと同時に、女性と高校生の髪の一部が切れ、床にパラパラと落ちる。



田代「信仰心を否定はしない。だが今この場でいくら祈っても無意味。早く失せなよ。さもなくばスキンヘッドの刑だ」


女性&高校生「……し、失礼しましたぁ〜」



女性と高校生は四つん這いで虫のように移動し、田代が斬り開いたドアから外へと逃げ出した。車両には田代と少年の2人だけ。



少年「アンタは逃げないの?チャンスだよ?」


田代「やり残したことがあってね」



少年は運転士の襟首を離す。ドスンという鈍い音を立て、運転士の上半身が床に落ちた。



田代「目的は?」


少年「テストだよ。アンタらを車両に閉じ込めて、外と連絡できないようにしたのは全部テスト。死んで幽霊になった今の俺に何ができて、何ができないのかを確かめるためのね。アンタらは運悪く巻き込まれちゃった被験者ってところかな?」


田代「テスト……?被験者……?」


少年「俺、この線路のすぐ隣にあるマンションに住んでる中学生。学校でいじめられててさ、さっき飛び降り自殺したんだよね。で、線路に落下したんだけど死ねなくて。そんなとき、この電車が俺をひき殺したってわけ」


田代「……」


少年「別に同情なんて求めてないよ。そもそも俺は幽霊になって、いじめてた連中に復讐しようとしてるからね。少し手順は違ったけど、結果としては思い通りになったよ」


田代「それで、キミをいじめてた連中を相手にする前のウォーミングアップとして拙者たちにちょっかいを出したと?」


少年「そうそうそうそう!理解が早くて助かるよ!なんていうか、すごく皮肉なんだけど……こうして一方的に、圧倒的な力で他人を踏みにじってみて、いじめをやるヤツの気持ちがちょっとだけ分かった。正直、楽しいもん」


田代「車掌と運転士を殺す必要はあったのか?」


少年「電車を発進できないようにするための保険としてね。それに俺の最終目標は、いじめてた連中を皆殺しにすること。だから殺しのウォーミングアップも必要だったんだ」



田代は刀のつかを右手で握る。



田代「拙者たちを脅かすだけなら見逃そうと思ったが……他人の命を奪う悪霊ならば、斬る」


少年「ちょうどいい!これもテストだ!幽霊の体に人間の攻撃は通用するのか、試してみよう」


田代「もう少し危機感を持ったほうが良い。すでにキミは、狙う側から狙われる側に変わっている。それに、この刀の一太刀を人間の攻撃と言って良いものか……」


少年「早くしてよー、おじさん……あっ、もっとやりやすいように言ってあげよっか?『早くしろよこのハゲェッ!!』」



田代は体を横に一回転させながら刀を振り抜き、目にも止まらぬ速度で鞘に収めた。田代から10mは離れているはずの少年の体が、左肩から右太ももにかけて大きく裂ける。同じ角度で車両も切断され、車体の上半分が50cmほど左斜め下にズレた・・・・・・・・


斬り裂かれた少年の体は力無く床に落ち、霧散する。



田代「……しまった斬り過ぎた!この刀、やはり力加減が難しい。これ、弁償いくらになるんだ……?仕方ない、逃げるか」



<緊急停車-完->

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