緊急停車③

スーツの男性は運転席へ向かって走り出すと、扉を拳で強く連打する。



スーツ「おい!早く何とかしろ!おい!いんのかよ!?」



女性は床に膝をついて胸の前で両手を組み、目を閉じたままブツブツと言葉を発する。



女性「我が罪を全て悔い改めます。神よ、我を救いたまえ」



高校生は両手で頭を押さえ、うろたえる。



高校生「あーもうおしまいだ。ボクは死ぬんだ。ここで死ぬんだ。同好会のみんな、先に地獄で待ってるよ。全員地獄に落ちるロクでなしだろうから、地獄で会おう」



女性が這いつくばるように高校生へ近づき、ズボンのすそを引っ張った。



女性「絶望してはダメよ!諦めなければ、神・ポコポコ様が私たちを救済してくださるわ!さぁ、アナタも私と一緒に祈るの!」


高校生「ポコポコ様……」



高校生は膝を床につくと、両手を胸の前で組み、目を閉じた。女性も隣で同じポーズをとる。



女性「私の言ったことを繰り返して。『我が罪を全て悔い改めます。神よ、我を救いたまえ』」


高校生「我が罪を全て悔い改めます。神よ、我を救いたまえ」



スーツの男性が2人のそばに駆け寄る。



スーツ「テメーらアホか!神頼みでどうにかなるわけねーだろ!」


女性「じゃあどうすんのよ!他に方法があるの!?無いならアンタも祈りなさい!」


スーツ「ふざけんな!そもそも俺は無神論者むしんろんじゃ!神なんて信じちゃいねー!1万歩譲って神がいるとしても、ポコポコ様だなんて怪しげな神に祈りたくねーよ!」


高校生「貴様ぁ……ポコポコ様を愚弄ぐろうするのか!?」


スーツ「ああ!テメーらのような頭のおかしい連中が作り出した幻想だ!」


女性「なんという無礼を……!若者!この男はポコポコ様に反逆する危険因子!神に代わって、アナタが処分しなさい!」


高校生「はい!我は神の代行者!愚者ぐしゃ排斥はいせきする者なり!」



高校生は立ち上がると、スーツの男に近づき、両手で首を絞め始めた。



スーツ「ぐっ!このガキ……がはぁっ!あと……10歳若ければ……こんな陰キャじみた小僧……一捻ひとひねりで……ぐふっ!」


高校生「若者の体力をナメるなよオッサン!オッサンの力は、陰キャ高校生の足元にすら及ばない!絶対にくつがえることのない上下関係にある!」


女性「このまま、この男をポコポコ様へのにえにしましょう!そうすれば私たちの祈りはさらに強まるわ!」


スーツ「わ……分かった……祈る……祈るから……」



高校生は両手を首から離す。スーツの男性は床に尻もちをついた。



女性「良いでしょう。祈る者の人数が増えるだけでも力は増す……さぁ祈るのだ!」



高校生とスーツの男性は女性と同じポーズをし、ブツブツと念仏をつぶやき始めた。そんな2人を横目に、女性は座席に座ったままの田代へ絶叫する。



女性「おいハゲェ!お前もやれぇ!祈れぇ!」



女性の怒号を田代は無視し、刀を持って車両のドアへ向かって歩き始める。そしてドアの前に直立し、刀をさやから抜いた勢いそのままに3回振った。金属製のドアに斜めの切れ込みが3つ入り、田代が右足で前蹴りを入れると、音を立てながら車両の外側へと崩れ落ちた。



田代「ウルサイので、全員さっさと出ていってもらえますか?」



念仏を止め、呆然と田代を見つめる3人。

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