緊急停車(全4話)

緊急停車①

谷足線たにのあしせん最終電車の先頭車両。座席で寝ていた田代たしろは、急ブレーキの音と車両を伝う振動で目を覚ました。



車掌「お客様にお知らせします。列車がお客様と接触したため緊急停車いたしました。ただいま安全確認中です。運転再開までしばらくお待ちください」



車内にアナウンスが流れる。同じ車両に田代以外の乗客は3人。それぞれバラバラの位置に座っている。窓の外は夜の闇が広がっているが、うっすらとマンションや戸建住宅が見える。停車した場所は駅や踏切などではないようだ。


人身事故なら発車まで時間がかかるだろう。そう思い、再度寝ようとする田代。しかし「あのー」という男の声に邪魔される。田代の目の前に、乗客の一人である紺色のブレザーを着たメガネの高校生と思しき男子が立っていた。



高校生「もしかして、『かまいたち戦いニキ』ですか?」



意味不明な質問に、田代はいぶかしげな表情を浮かべる。



田代「拙者の名前は田代で、『かまいたち戦いニキ』ではない。まぁ、妖怪の鎌鼬かまいたちと戦ったことはあるが」


高校生「やっぱりそうだ!スキンヘッドの眉無しで青い和服を着たおじさん!SNSの動画に映ってたままの姿だから気付きました!ボク、高校で心霊同好会に入ってるんです!だから妖怪とかオバケとか、その手の話には敏感で!」


日付が変わろうとしている時間だというのに元気いっぱいな高校生。若者の体力にはついていけないと、田代はギャップを実感した。


田代「ああ、うちの生徒が動画を拡散させたのか」


高校生「オカルト界隈だと、アナタは有名人ですよ!それと……その黒くて長いの、刀袋かたなぶくろってやつですよね?もしかして中身は、鎌鼬と戦った刀ですか?」



田代は自身の膝に立てかけた刀袋に一瞬だけ視線を落とした後、高校生を見上げる。



田代「いかにも」


高校生「み、見せてもらっても……いいですか?」



高校生は舌で上唇をベロリと舐める。



田代「構わないが」



田代は刀袋を縛っている紐を解き、刀のつかだけを露出させた。



高校生「本物だ……さ、さささ、さわさわ触ってもいいですか?」


田代「それはダメだ。この刀は悪霊が宿る、いわば妖刀。生半可な精神力では、触れた瞬間に体を乗っ取られてしまう。しかし妖刀であるがゆえに、鎌鼬のようなこの世ならざる存在を斬ることもできる」


高校生「そ、そうなんですね……今度、同好会のみんなに報告しなきゃ」



田代は刀を袋に収めた。



???「な、なんで刀なんか持ってるんです!?物騒な!」



田代から見て右斜め前の座席に座っていた女性が立ち上がり、絶叫に似た声を出した。年齢は50代といったところ。



田代「拙者、中学で居合道部の顧問をしていまして。今日は練習があったので刀を持参したのです。もちろん登録証はありますし、むやみにさやから抜いたり振り回したりなどしないので、ご安心を」


女性「安心なんかできないわよ!通報させてもらいます!」



女性は壁の非常通報ボタンを押し、マイクに向かって怒鳴るように話しかける。



女性「車内に刀を持った危険人物がいます!警察を呼んでください!今すぐ!」



通報ボタンの上部に設置されたスピーカーから乗務員の返答は聞こえず、無音のまま。



女性「もしもし!?聞こえてるの!?もしもーし!?」


???「ウルセェよババア」



田代の左斜め前に座っているスーツを着た40代くらいの男性が女性へ悪態をつく。



女性「ババア?アンタ、私にババアって言った?」



スーツの男性に詰め寄る女性。



スーツ「お前以外に誰がいるんだよ。あとはガキとハゲだけじゃねーか」


高校生「ガキ……高校生ってそう見られるのか。それともボクがまだ初体験を済ませてないから未熟に見られるのかな?」


田代「ハゲではなく、自発的に髪を捨てたスキンヘッドなのだが」


女性「ババアって言うアンタも、私とさほど年変わらなそうじゃない!このジジイ!」


スーツ「ジジイね。否定はしねーよ。仕事で疲れ切った俺の体はジジイ同然だからな。ってことでよ、ババアもジジイを見習って、電車が動くまでおとなしくしてようや」


女性「くっ!不快なヤツばっか!こんなに嫌な気分になったのは、初めて旦那のブツブツな背中を見たとき以来よ!」



女性はそう吐き捨て、元いた座席に腕を組んで座る。高校生は田代の右隣に座った。



高校生「なんか、雰囲気悪いっすね」


田代「電車に閉じ込められている状況だ。ストレスを感じるのも仕方あるまい」

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