バスルーム(全2話)
バスルーム①
IT企業経営者の
尾定は朝10時に、水尻の住むマンションの部屋の前にやって来た。ゴム製の手袋を着けてピッキングで玄関扉の鍵を開け、部屋に侵入。水尻のものと思しきいびきが聞こえる。部屋の奥まで進み、ベッドで寝ている水尻を見つけ、服を全て脱がせた。そしてバスルームまで運び、湯を張った湯船に仰向けのまま沈める。かなり深酒していたようで、ここまでやっても目を覚まさない。
酔っ払って風呂に入ったまま寝てしまい溺死。誰が見てもそう思うだろう。他殺だと疑われる可能性は極めて低く、あっという間に終わる、尾定にとって安心で簡単な仕事だ。
実は、水尻がIT企業の経営者だというのは真っ赤なウソ。本当は無職同然で、金持ちのフリをして女性を引っ掛ける結婚詐欺師というのがその正体だ。被害者は50人以上に及び、それだけ大勢の人間から恨まれている。尾定に水尻の殺害を依頼したのも、被害者の一人である女性。尾定も心の中で「死んで当然の人間」と思いながら、湯船でバシャバシャと暴れる水尻の体を押さえ続けた。今さら目を覚ましても遅い、もうすぐ二度と目を覚ませなくなる。
暴れる水尻の力が徐々に弱まり、目と口を開けたまま完全に動きが止まる。口と鼻からは気泡が出なくなり、水尻は死亡した。あとはこの場を立ち去れば仕事終了、となるはずだった。
ピンポーン
インターホンが鳴った。おそらく宅配業者か何かだろう。そう思った尾定は、息を潜め、留守を装うことにした。
ピンポーンピンポーンピンポーン
繰り返しインターホンが鳴る。しばらくすれば諦めて立ち去るだろうと、その場でじっと待つ尾定。
ピンポーンピンポーンピンポーン
ドンドンドン
「水尻さーん?ご在宅ですかー?水尻さーん?」
インターホンだけでなく、扉を叩く音と若い男の声まで聞こえる。なかなか立ち去ろうとしない。
「水尻さーん?フロの点検に参りましたー!水尻さーん?」
何の因果か、水尻はフロの修理業者を呼んでいたようだ。自分がフロの中で殺されるとも知らずに。
ピンポーンピンポーンピンポーン
ドンドンドン
いつまで経っても帰ろうとしない業者。これ以上待っていてもラチが開かないと感じた尾定は、バスルームを出て玄関へと向かった。水尻のフリをして業者を追い返そうと考えたのだ。
扉を開けると、水色のキャップと作業着を身に着けた、20代中盤の男性が工具箱を持って立っていた。
業者「水尻さんですか?ご依頼いただいていたフロの点検に参りました!たしか、水の出が悪いんでしたよね?」
尾定「あー、そうだったんですが、さっき確認したら直ってましてね。大丈夫そうです。ご足労をおかけしてすみません」
水の出に問題がないというのは本当だ。さっき水尻を殺したときに確認済み。
業者「そうですか……でも念のため見ておきますよ!また調子が悪くなるかもしれませんから!」
尾定「いやぁ本当に大丈夫ですよ。たぶんボクの勘違いだったみたいで」
業者「もちろんこれはサービスで、お代は結構です。点検だけなら15分もあれば終わりますし」
尾定としては人が死んでいる湯船など1秒も見せたくない。見せるなら自分がこの場を立ち去った後だ。しつこくフロの点検をしようとする業者に、だんだんと腹が立ってきた尾定。
尾定「だから大丈夫だって言ってるじゃないですか!何なんですかアナタ?一人暮らしの男のフロを見る趣味でもあるんですか!?このド変態!」
業者「そんなまさか!私はただ仕事で……」
尾定「仕事熱心なのも大概にしてください!アナタまだ若いんだから、ちょっとくらい息抜きしないと定年まで体が保ちませんよ!」
業者「お、お気遣いどうも……そこまでおっしゃるのでしたら帰ります」
業者が悲しげな表情で玄関口から1歩下がり、尾定が扉を閉めようとした瞬間、
「お〜い!」
尾定の背後、部屋の奥の方から男の声が響いた。尾定も業者もその声をハッキリと聞いた。
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