貸しと借り④

2時間後 バジテレビ正面入口


セイラーが到着するより早くテレビ局前にやって来たキョウイチとマスターG。事前にボディーガードたちに共有されていたスケジュール通りなら、あと20分ほどでセイラーが到着する。そこに合流し、拳次郎ケンジロウを待ち受けるようという考えだ。


しかし、事態はキョウイチとマスターGの想定外の方向へと進む。2人の前に男が現れた。黒い目出し帽に上下紺色のジャージ。拳次郎だ。


10mほどの間隔を空けて立ち、睨み合うキョウイチと拳次郎。


キョウイチ「うれしい誤算だね。こんなに早く来てくれるとは。今ならセイラーを戦いに巻き込まなくて済む」


拳次郎「お前を仕留めない限り、セイラーは殺れない。そう直感してな。だからセイラーではなく、お前を探していた」


キョウイチ「そうかい。熱心にケツを追いかけてくれたところ悪いが、アンタと戦うのは俺じゃないんだ」


拳次郎「何を言っている……?」


キョウイチの体に、気配を消して隠れていたマスターGが乗り移る。


キョウイチ(マスターG)「久しぶりじゃな、拳次郎」


拳次郎「なぜ俺の名を!?」


マスターG「お前のかつての師だから、と言ったらどうする?」


拳次郎「貴様……マスターGィィィィィヤァァァァォッ!」


全速力でマスターGに駆け寄り、顔面に向かって右の拳を突き出す拳次郎。しかしマスターGは、流れる川のせせらぎのごとく軽やかにかわす。


拳次郎は左の拳で裏拳を放つが、マスターGは右手の人差し指だけで受け止めた。


マスターG「やはりワシの目に狂いはなかった。このお坊ちゃんの体があれば、全盛期のワシと同等、いやそれ以上の力が発揮できる」


拳次郎「テメェは死んだはずだろ老ぼれがぁぁぁっ!」


拳次郎は左足で中段蹴りを放つが、かわされる。続けて右足で後ろ回し蹴りをマスターGの頭に向かって放つも、やはりかわされる。マスターGの余裕を奪うべく、拳次郎は両の拳をマシンガンのように連続で突き出すが、全てマスターGの手でいなされた。


マスターG「ほれ、どうした?まだできるじゃろう?」


右手の人差し指から小指までをクイクイと2回折り曲げて挑発するマスターG。


拳次郎「いいだろう。今度こそ地獄に落としてやる……死ね童貞ジジイ!」


拳次郎は右足で上段蹴りを放つ。スピードは今までよりも数段早く、さすがのマスターGでも避け切れず、左腕でガードする。衝撃で腕が痺れるのを感じたマスターG。拳次郎はさらに反対の足で上段蹴りを見舞う。ガードすれば右腕も痺れてしばらく使い物にならなくなると予感し、マスターGは体をのけぞらせて蹴りをかわす。足が鼻先をかすめた。


蹴りを避けて体勢を崩すマスターG。その隙を見逃さなかった拳次郎は右足だけで飛び上がり、左足を真上に大きく振り上げた。キョウイチを気絶させた、かかと落としの構えだ。


拳次郎「地面にめり込んでそのまま地獄に行きなぁぁぁぁっ!」


拳次郎が足を振り下ろす。


マスターG「ならお前は飛び上がりそのまま天に召されよぉぉぉぉっ!」


マスターGはカウンターを狙って右拳を突き出す。拳次郎の足はマスターGの体を捉えることなく逸れて地面に当たり、かかとがパックリと割れた。一方マスターGの拳は拳次郎の左頬に深々と突き刺さり、5mほど体を浮かび上がらせる


仰向けで地面に落下した拳次郎。目出し帽の口元から血の泡がブクブクと吹き出る。


拳次郎「ガフッ……クソッ……」


マスターG「なぜセイラーとかいう歌手を狙った?誰に雇われた?」


拳次郎「雇い主なんかいねぇ……俺の自主的な行動だ。彼女を俺のモノにしたかった……殺して俺だけのモノにして、永遠の愛を育みたかった。それだけさ」


マスターG「……お前の敗因は、恋愛にうつつを抜かしたことじゃ」


セイラーとボディーガードたちを乗せた車がテレビ局前に次々到着した。拳次郎は車から降りてきたボディーガードたちに取り押さえられる。もう抵抗する力は残されていなかった。


マスターGが取り憑くキョウイチの尻ポケットに入っていたスマートフォンが鳴動した。マスターGはスマートフォンを取り出し、画面を見る。アキからの着信だった。不慣れな手つきで画面のボタンを押し、着信に応じるマスターG。


アキ「ちょっとキョウイチ!アンタ勝手に病院抜け出したでしょ!?看護師さんたちがパニックになってるのよ!」


マスターG「そうじゃったか、いやぁすまんのぉ」


アキ「『そうじゃった』?何その喋り方?」


マスターG「あっ、いやその……あの暴漢にリベンジ決めた喜びで興奮しててさ」


アキ「えっ!?もしかして、もうアイツやっつけたの!?」


マスターG「お、おう!俺が負けっぱなしなんてお前も嫌だろ?だから早めにリベンジしてやったのさ!」


アキ「そうだったんだ……ゴメンね、アタシのために頑張ってくれたのに、怒鳴っちゃって……やっぱりキョウイチ、スゴくカッコいいよ。なんかホレ直しちゃった」


マスターG「えっ……そ、そうか?」


アキ「病院には私から報告しておくから、もしできたらでいいんだけど……今から会えない?2人だけで」


マスター「……あ、ああ、もちろん!すぐに行くよ!」


通話を終えるマスターG。


マスターG「まったくどいつもこいつも、愛だの恋だの、性欲に脳髄まで支配されおって……まぁ良い。キョウイチよ、お前さんはこの一件で多くの人間に賞賛され、報酬として金をたんまりもらえるだろう。でもワシへの報酬がゼロというのはおかしいよな?ということで、もうしばらくこの体を借り、お前さんのカワイイ彼女で初体験・・・をさせてもらう……」


<貸しと借り-完->

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