貸しと借り③

老爺「はじめまして、お坊ちゃん」


キョウイチ「じいさん、どこから入った?」


老爺「ふふふ、全くビビっとらんのぉ。肝が据わっておるわ。ワシは幽霊じゃ」


キョウイチ「その幽霊が何の用かな?」


老爺「お坊ちゃんに力を貸そうと思ってな。あの暴漢を倒す力を」


キョウイチ「……超人になれるパワーでもくれるのかい?」


老爺「いや、ワシはお前に『経験』という力を貸す。その代わり、ワシにお前さんの『体』を貸してくれんか?」


キョウイチ「ん?どゆこと?」


老爺「こう見えてワシは空手歴65年、若い頃は全日本空手選手権を5連覇したこともある。実戦経験はお前さんより遥かに上じゃ。じゃが今のワシは見ての通り老体。全盛期の動きはできぬ。そこで提案じゃ!お前さんの体にワシが取り憑き、彼奴きゃつと戦う!テレビ局での戦いを見ておったが、お前さんの肉体なら全盛期のワシに近い動きができるじゃろう。そこにワシの実戦経験が重なれば、彼奴に勝てる!」


右手で髪をかき回し、悩むキョウイチ。


キョウイチ「つまり俺の体を使ってじいさんが戦うってこと?それで勝っても、俺的には満足できないんだよなぁ。強い相手には自分の力だけで勝ちたいんだよね」


老爺「バカモノ!ワシはお前さんのためを思って言っとるのじゃ!」


老爺が語気を強める。


老爺「彼奴は武道家の精神を捨てた、空手を殺人に使う殺し屋!暗殺拳の使い手!スポーツの域を出ないお前さんの空手が通用する相手ではない。お前さんの明るい未来を、あんな殺し屋に奪わせるわけにはいかん。それに彼奴は……ワシの一番弟子だった。だからワシがカタをつけねばならんのじゃ!」


キョウイチ「師弟関係だったの?」


老爺「彼奴は幼い頃からワシの道場に通い、メキメキと実力を伸ばしていった。過去ワシが指導してきた3,000人の弟子の中で才能はダントツ。あっという間にワシ以上の実力者になった。そして10年前、彼奴はワシに一対一での殺し合いを挑んできてな。ワシは負けて殴り殺された。以来、彼奴は人道を外れ、殺し屋として拳を振るっている」


キョウイチ「因縁の仲だったってことか。でも、幽霊になったじいさんなら、一方的に殺すこともできるんじゃないのかい?」


老爺「そう思ったが、彼奴は今でも技を磨いており、その身のこなしは人間離れしておる。何度不意打ちしても、軽々かわされてしもうてな。ワシ一人の力では太刀打ちできんのじゃ」


老爺は床に膝とおでこをつき、土下座する。


老爺「生涯を空手だけに捧げてきた愚かな老ぼれの最後の頼みじゃ!お前さんの体を貸してくれ!その若い肉体とワシの経験があれば、彼奴を超えられるんじゃ!」


右手でアゴを押さえ、30秒ほど考え込むキョウイチ。


キョウイチ「分かった。結果的にセイラーを守れるなら、俺にもじいさんに協力するメリットはある。その代わりに教えてくれ、あの暴漢とアンタの名前を」


老爺「彼奴の名は龍牙 拳次郎リュウガ ケンジロウ。ワシのことは、マスターGジーと呼べ」


キョウイチ「拳次郎にマスターG……なんかクソしょうもないカンフー映画みたいなヤツばっかだな」


マスターG「恩に着る!ワシが取り憑いている間、お前さんの意識は完全になくなってしまう。じゃから戦いは全てワシに任せるのじゃ」


土下座の体勢から立ち上がるマスターG。


マスターG「……ところで、さっきまでここにいた女子は、お前さんのコレか?」


マスターGは右手の小指を立ててキョウイチに見せつける。


キョウイチ「まぁ、そうだけど」


マスターG「このスケコマシがっ!恋愛なんかにうつつを抜かす暇があるなら鍛錬をしろ!だから負けるんじゃ!ワシなんて死ぬまで1秒も彼女いなかったんじゃぞ!風俗店にも行ったことない!」


キョウイチ「ウルセェよ!そう言うアンタも負けて、しかも殺されてるじゃないか!」


マスターG「自分の命は守れんかったが、童貞は守り抜いたわい」


キョウイチ「くだらねぇ!行くなら早くしよう!セイラーは夜中もスケジュールが詰まってる。いつ狙われてもおかしくないんだ」


キョウイチはカーテンやベッドのシーツ、布団を結んでロープ状にし、窓から垂らして病室から脱出しようと思ったが、1階なので不要だった。

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