貸しと借り②

キョウイチが目を覚まし上半身を起こすと、病院のベッドの上にいた。セイラーを襲撃した男の攻撃を喰らい、気を失ったのである。胸と頭の後ろがジンジンと痛むが、それ以上にキョウイチが気になったのは、自分がいる病室が個室であること。相部屋よりも入院費用がかかるの確実。ただでさえお金が無いキョウイチにとって、体よりも懐のダメージのほうが深刻だった。


???「ねぇ!ちょっと!聞いてるのキョウイチ!?」


甲高い声がキョウイチの鼓膜を揺らす。枕元にアキが座っていた。アキはキョウイチのクラスメイトであり人生初のガールフレンド。先月付き合い始めたばかりで、つい先週ようやく手をつないでデートしたくらいウブな間柄だ。


キョウイチ「アキ……セイラーは!?」


アキ「大丈夫。アンタが戦ってる間に応援のボディーガードが駆けつけて、暴漢は逃げたってさ。セイラーも感謝してたそうよ。うらやましいわねぇ、世界の歌姫に『Thank you』って言われるなんて」


キョウイチ「そっか、良かったぁー」


アキ「ちょっとは自分の心配もしなさいよ!応援があと少し遅かったら殺されてたかもしれないのよ!?」


キョウイチ「そんなに怒鳴らなくても分かってるよ。で、俺、何時間寝てたの?」


アキ「襲われたのが夕方の6時半くらいで、今は夜10時。だから3時間以上気を失ってたってことね」


キョウイチ「マジか。いやぁ、セイラーを狙ってた暴漢、めっちゃ強くてさぁ。ろくに反撃できず、やられちまったよ」


アキ「……キョウイチがやられるなんて、かなりの手練れだったんじゃない?」


キョウイチ「ああ。俺と同じ空手家だった。しかも相当腕の立つ使い手。あーくそ、セイラーが無事だったのは良いけど、負けたのは腹立つぜ!しかも入院費も払わされるわけだろ!?マジムカつく!」


アキ「くやしい気持ちは分かるけど、とにかく今は体を休めなさいよね。明日にはもう退院できるらしいけど、無茶しないように」


キョウイチ「へいへーい」


アキ「そろそろ面会時間が終わりだから、アタシ帰るね。キョウイチのお父さんとお母さんは今日忙しいらしくて、明日来るって。でもなんだかなー、息子が病院送りにされたってのに、お見舞いにも来ないなんて」


キョウイチ「父さんと母さんは、俺以外にも息子と娘の命をたくさん預かってんだ。俺一人に時間を割くわけにはいかねーのよ」


アキ「……そうね。他所様よそさまの家庭事情にこれ以上首を突っ込むのはやめておくわ」


アキは立ち上がり、入口に移動すると部屋の電気を消す。そしてキョウイチに向けて小さく手を振ると、病室を後にした。


窓から月明かりだけが差し込む薄暗い病室。キョウイチはベッドに仰向けになって天井を眺めながら暴漢との戦いを思い出し、次に戦うときのシミュレーションをする。もしあの暴漢がセイラーの殺害予告を送った張本人で、まだ捕まっていないとしたら、残り2日のうちに必ずまたセイラーを襲撃するだろう。そのとき、キョウイチ以外に暴漢を撃退できるボディーガードがいるだろうか。早く退院してガードに戻らなければと、ヤキモキするキョウイチ。


???「今のお坊ちゃんじゃ、100回戦っても彼奴きゃつには勝てんよ」


かすれた男の声が病室内に響く。


キョウイチ「誰かいるのかい?」


上半身を起こして病室内を見回すキョウイチ。真っ直ぐ正面にある壁の前に、うっすら透けた老爺がどこからともなく現れた。

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