貸しと借り(全4話)

貸しと借り①

市目鯖しめさば高校、男子空手部エースのキョウイチ。個人戦で全国大会を2連覇した、若くして「達人」と呼ばれてしかるべき実力者だ。


空手家として将来有望なキョウイチだが、8人兄妹の長男で、両親が働いたお金は生活費や弟・妹の学費でほぼ消えてしまう。そのため試合の遠征費などはキョウイチが自分で稼ぐしかない。そこで学業と並行してボディーガード業にも勤しんでいる。ボディーガードとしてもキョウイチは一流。複数の大手警備会社からスカウトをもらっているほどだ。


今日から3日間、キョウイチは30人以上のボディーガード集団の一員として、「いま世界一稼いでる歌手」と言われているセイラー・ドリフトの身辺警護に就く。セイラーは3日間日本に滞在し、さまざまなテレビ番組に出演予定だ。テレビ局からテレビ局への移動中や、収録開始までの待機中などに彼女が危険な目に遭わないようガードするのがキョウイチたちの任務である。


世界的に有名で絶大な人気を誇るセイラーだが、それだけ名前が売れれば危険に晒される機会も増える。ストーカー被害に遭ったり、爆発物らしき小包が届いたりなんてことはしゅっちゅう。そのためセイラーは家にいるとき以外、常に最低10人はボディーガードを帯同させているのだ。


しかし今回稼働しているボディーガードの数は普段の3倍以上で、ほぼ全員が格闘技や武道を高いレベルで修めている猛者という徹底っぷり。空手で全国No.1になったキョウイチでも勝てるかどうか分からない使い手がちらほらいる。これほどまでに警備を強化している理由は、セイラーの殺害予告が出演予定のテレビ局全てに届いたためだ。


着慣れない黒いスーツにネクタイを締め、テレビ局の楽屋前の廊下で待機するキョウイチ。他に2人、計3人で中にいるセイラーに誰も近づかないよう楽屋の扉を守っている。他のボディーガードたちはテレビ局の入口やロビーの警戒、別の階の巡回などを行っており、セイラーに近づくのはほぼ不可能な厳戒態勢だ。とはいえ何があるかは分からない。キョウイチは気を緩めることなく警護にあたっていた。


セイラーの出演時間10分前。そろそろ楽屋から出てくると思ったそのとき、キョウイチの耳に女性の悲鳴が飛び込んできた。声はキョウイチたちがいる長い廊下の突き当たりから聞こえる。


悲鳴が止んだ直後、男がキョウイチたちに向かって一直線に走ってきた。黒い目出し帽を被り、上下紺色のジャージを着ている。顔が見えないのに男だと分かったのはその体格ゆえ。ジャージの上からでも分かるほど筋肉質で、身長は180cm台後半。キョウイチより10cm近く背が高い。


キョウイチより先に、他のボディーガード2人が走ってくる男に立ち向かった。1人のボディーガードが右ストレートと左フックを見舞うがかわされ、アゴに膝蹴りを喰らい気絶して倒れる。もう1人のボディーガードが男の頭を狙って蹴りを入れるが、右腕一本で防がれ、左腕でスネを殴られた。足が本来曲がらない方向にグニャリとへし折れ、ボディーガードは苦痛の叫びを上げる。


残るキョウイチに男は迫り、前蹴りを放った。キョウイチは足が腹に当たる寸前で身を引いてかわし、右腕で男の足を抱える。男の動きを止めたところで、左手で正拳突きを放つが、男はもう一方の足でキョウイチの拳を下から上に弾き、その勢いのままバック宙。拘束を振り解いだ。「コイツ、強い」と、キョウイチは相手の力量を察する。


一気に距離を詰め、左右の拳を男の顔面に向けて順番に打ち込むキョウイチだが、全て避けられてしまう。拳がダメならと、今度は左足で上段回し蹴りを喰らわせようとするが、男は蹴りも見切り、無駄な動きひとつ無くかわした。回転した勢いを利用し右足で追撃するが、キョウイチの蹴りが入るよりも早く男の拳がキョウイチのみぞおちに突き刺さる。強い衝撃で呼吸ができなくなり、前屈みになるキョウイチ。直後、男のかかと落としがキョウイチの後頭部にクリーンヒットした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る