記憶(全2話)
記憶①
独房の扉が看守によって閉められると同時に、茄子野は部屋の中心にドシンとあぐらをかいた。やることが何もない。この退屈さや孤独感こそが刑罰なのだろうが、幼い頃から家に両親がほとんど帰って来ず、成人してからもずっと独り身だった茄子野にとって、退屈や孤独はうざったいとは思うものの、さほど苦痛にはならない。
独房に入って約1時間が経った頃、室内の温度が急激に下がるのを感じた茄子野。さっきまで20度ちょっとはあったであろう室温が、10度くらい下がったような感覚だ。空調の不具合だろうか、あるいは自分の体調が悪いのか。さまざまな可能性を考える茄子野だったが、その原因は想定外のものだった。
奥にあるトイレに、囚人服を着た男が座っている。独房は茄子野が入ってきた扉以外に入口はないし、誰かが入ってきたのなら間違いなく気付く。この男はどこからともなく現れたのだ。
茄子野「ゆ、幽霊……?」
男「そう。ボクは1カ月前までこの独房にいた囚人。せっかくだからキミに挨拶をしようと思って出てきたのさ。部屋の温度を下げてしまってすまないね。幽霊はそういう体質なんだ」
腰を抜かす茄子野。退屈や孤独には慣れているが、オバケは昔から大の苦手である。
茄子野「たたたた、頼む!成仏してくれ!幽霊はホントにダメなんだ!なんでもするから消えてくれぇ……」
男は便座から立ち上がり、茄子野にゆっくりと近づく。
男「そう怯えるなよ。これから一緒に暮らす仲間じゃないか」
茄子野「無理!幽霊だけは!毒ヘビより無理なんだ!頼むから何もせず成仏してくれぇ!あっ、タメ口ですみません!成仏なさってくだせぇ!」
男「タメ口とかそういう問題じゃ……あれ?もしかして……茄子野くん?茄子野 五郎くんじゃないかい?」
茄子野「……そそそそそ、そうです!どうか命だけは……」
男「やっぱりそうだ!昔の面影がある!落ち着いて。ボクのこと覚えてない?
茄子野「……へぇ?」
茄子野は苦保と名乗る幽霊の顔を見る。街を丸1日歩けば40人くらいは見かけそうな、ありふれた見た目をした細身の中年男性だ。同級生と言われればそんな気もするし、違う気もする。
苦保「まさかこんなところで会うなんて。もしかして、ボクのこと忘れてる?」
苦保は茄子野と向かい合うようにあぐらをかく。
茄子野「いやぁ、どうだろう……もう25年以上前のことだから、スッと思い出せなくて……」
苦保「それもそうか。ボク、中2の秋ごろに転校しちゃったから、一緒のクラスだった期間は短かかったんだよね。だから覚えてないのも無理ないよ」
茄子野「あー、そっか。でもなんか、見覚えあるかも。同じクラスだった気がしないでもない」
苦保「当時の思い出話でもすれば、記憶がよみがえるんじゃない?ほら……理科の
茄子野「佐治上……あぁ、いたなぁ!そいつは覚えてる!確か、めっちゃおとなしい先生で、『コイツぶん殴ったらどんなリアクションするんだろう』って思って、授業中に顔面とみぞおちを殴ったんだった」
苦保「そうそう!それで佐治上先生、リアクションとるどころか泡吹いて気絶しちゃって、救急車で運ばれてさぁ」
茄子野「で、俺2週間の停学処分になったんだった。久しぶりに思い出した」
苦保「あとB組で一緒だった女子の
茄子野「粗我部……あぁ、いつも一人で自由帳にお絵描きしてた子か。あのウワサ、マジだよ。クラスでイキリ散らしてた俺がうざかったらしくて、学校裏に呼び出されてさ。『タイマンしろ』って言うから、ガチでケンカしたのよ。そしたら粗我部、めっちゃ強ぇーの。ほぼ一方的にボコられた。後から知ったんだけど、粗我部って空手2段で全国大会に出るくらいの実力者だったらしいんだよな」
苦保「マジで?粗我部さん、クラスでは全然目立ってなかったし、運動も苦手そうだったのに」
茄子野「人は見かけによらないもんだ。いやぁ、中学の頃のことなんてすっかり忘れてたけど、苦保と話してるうちにちょっとずつ思い出してきた。なんだかんだ楽しかったなぁ、中学時代」
茄子野が苦保に抱いていた恐怖心はどこへやら。すっかり打ち解け、童心に返る2人。
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