食う者と食わせる者(全4話)

食う者と食わせる者①

邪馬下 千歌やました ちかが嫌いなものは「面倒な人間関係」と「貧困」。学生の頃から友人をほとんど作らず、親や教師など最低限の人間としかコミュニケーションを取らなかった。幸いにも実家は裕福でお金に困ったことはないが、だからこそ貧困に対する拒否感が今でも強い。


千歌が30歳を過ぎた頃、両親から「どうしても結婚してほしい。私たちを安心させてほしい」と要望され、親子間での面倒ごとを避けるために、自分と同じ薬学者で同僚の貞春さだはると結婚した。貞春を選んだ理由は研究室で唯一の同世代だったことと、結婚相手を探すためにマッチングアプリなどを使うことで余計な人間関係が増えるのが嫌だったから。それ以外の理由はない。


その貞春との結婚生活も1年ほどで耐えられなくなった千歌。特に貞治が「不死の薬を開発する」なんてバカげたことを言い出し、職場で閑職に追いやられてからは世帯収入が大幅に下がり、私生活で我慢することが増えた。そんな生活に嫌気が差した千歌は貞春に多額の保険金をかけ、殺し屋を雇って始末する計画を立てたのだ。貞春が死ねば、この結婚生活が平穏に終わり、1億円の保険金が千歌の懐に入る。


少々計画が狂い、当初依頼していた殺し屋ではなく、裏稼業として殺し屋をしているイカれた外科医に始末を依頼することになった。その分の費用が増えたが、巨額の保険金が入ることを考えれば、たいした金額ではない。


今ごろ貞春は事故死というていで死亡しているはず。千歌は病院からの連絡を待ちながら、計画成功の前祝いとして買ったA5ランクの和牛サーロインステーキを焼き、皿に盛り付けていた。


スボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動する。知らない番号からの着信だったが、タイミング的に誰からの電話かは察しが付いた。貞春が搬送された病院からだろう。千歌はスマートフォンを耳に当て、通話を始めた。


千歌「はい」


女性「夜分に申し訳ございません。私、シュヴァルツ記念病院で看護師長をやっている甘崎かんざきと申します。当院に搬送された旦那様から奥様のお電話番号を伺い、連絡させていただきました」


千歌「そうでしたか。主人が交通事故に遭って重体で、病院に運ばれたというのは聞いております。それで容体は……?」


甘崎「それが……先ほど元気いっぱいに退院していかれまして……『今から家に帰るから安心してくれ、と妻に連絡してほしい』との伝言を頼まれたので、お電話した次第です」


千歌「はぁ!?そんな……だって数時間前に搬送されて……その人、本当に主人でしたか?」


甘崎「旦那様のお名前は『邪馬下 貞春やました さだはる』様ですよね?そう名乗っておられましたし、こうして奥様の電話番号も教えていただきましたので、間違いないかと」


千歌「……とりあえず主人が帰って来るのを待ちます。ご連絡、ありがとうございました」


通話を終える千歌。しかし状況が飲み込めない。貞春は交通事故で重体だと聞いていた。さらに、殺し屋外科医に始末を依頼した。なのになぜ、こんな短時間で回復し、自力で家まで帰って来ようとしているのか……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る