首吊り念慮②

串田「タケル?先生だ。しばらく学校に来ないから、心配で先生のほうが家まで来ちゃったぞ。無理に学校に来いとは言わない。今ここで、少し先生と話をしないか?もちろん部屋から出なくていい」


タケルからの返事はない。串田は続けた。


串田「マサカズのことで、不安になってるんだろうな。そりゃそうだ。先生だってショックを受けてる。自分の教え子が連続して、その家族も一緒に亡くなってしまうなんて、信じられないことが起きているんだから」


やはりタケルからの返事はない。


串田「お前は先生と比べ物にならないくらい強い恐怖を感じていると思う。でも、一人でいると恐怖が大きくなる一方だ。怖いという気持ちが頭から離れなくて、何倍にも膨れ上がってしまうんだよ。その恐怖をお前だけで抱える必要はない。周りの人と話して分かち合えれば、今よりだいぶ楽になる。まずはお母さんとお父さんに話してみないか?無理なら、先生でもいい」


扉の向こうから、タケルの声が漏れるように聞こえてきた。


タケル「こ、ここにいれば安全だ……マサカズも入って来れない……」


串田「そうだな。だが、それは心配のし過ぎだ。部屋に閉じこもらなくても、ご両親がしっかり戸締りをしてくれているから、家の中なら安全だ。それに、これは先生として言ってはいけないことだが、マサカズはもうこの世にいない。だからそもそも家に入って来るなんてことはないんだよ」


タケル「オレたちがマサカズをいじめたから……次はオレの番だ……」


串田「大丈夫だ。今回の事件は偶然起きたこと。不安に感じる必要はない。それでも心配なら、先生が守ってやる。学校が終わったら、毎日お前のところに来て、守ってやるから」


タケル「……本当?」


串田「もちろんだ。生徒を守るのが先生の役目だろう?……もしお前の負担にならないなら、いま先生と直接顔を合わせて話さないか?1分だけでもいい。お前が無事だということを、この目で確認したいんだ」


鍵が外れる音がし、扉が開いた。



−−−−−−−−−−



1階の台所で夕食の準備を続けながら、串田が降りて来るのを待つエリカ。野菜を切るまな板の隣に置いていたスマートフォンが振動し、画面に通知が表示される。タケルからのメッセージだ。


包丁をまな板の上に置き、スマートフォンのロックを解除するエリカ。アプリに以下のメッセージが届いていた。


“串田です。タケルくんのスマートフォンからメッセージを送っています。タケルくんは大丈夫です。もう不安を感じることはないでしょう”


串田の説得が成功したのだと安心したエリカ。しかし不自然な点がある。なぜ串田はこの報告を口頭ではなく、息子のメッセージアプリを使ってしているのか。


メッセージに続き、1枚の画像が届く。ドアノブに括り付けられた白い荷造りヒモが、うなだれるタケルの首に巻きついている画像だ。


“息子さんは、私の生徒であるマサカズくんをいじめていた張本人です。他の主犯だった生徒と同様、死に値します”


“そして、そんな息子さんを育てたご両親も同罪です。アナタたちも消さねば、この世は一向に良くならない”


“今から1階に降ります”


ギィ、ギィと、階段の軋む音が響いた。


<首吊り念慮-完->

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