怨恨が絡む森で(全2話)

怨恨が絡む森で①

アメリカ・アラスカ州

昼下がりの森の中を歩く初老男性。名前はハッシュ・ペッパー、65歳。ハンティングライフルレミントンM700Pを手に持ち、迷彩柄の帽子とチョッキを身に付けている。その後ろを、迷彩柄のつなぎを着た8歳の孫が追う。名前はマフィン・ペッパー。祖父のグリズリー狩りを一目見ようと着いてきた。


ハッシュは元・海兵隊の狙撃手。現役時代は隊の中でも指折りの狙撃能力で多くの敵兵士を射殺し、仲間たちを支援してきた。現在は退役し、年金暮らしをしながら、たまに森へ入って狩りをしている。


ハッシュ「止まるんじゃ」


マフィンに指示を出し、地面にしゃがみ込むハッシュ。祖父の真似をしてマフィンも隣でしゃがみ込んだ。


ハッシュ「グリズリーの足跡じゃ。この先もずっと続いているのが分かるじゃろ?まだ新しい……そう遠くない距離におる。周囲を警戒するのじゃ」


ハッシュはライフルに装着しているスコープを覗いて辺りを見回す。マフィンも見よう見まねで、首から下げていた双眼鏡を覗き込んだ。


マフィン「じいちゃん!クマいたよ!10時の方向!大きな木のそばで、エサを探してるみたい!距離は……300mくらいかな?」


ハッシュ「でかした!さすがワシの孫じゃな。確実に仕留められるよう、もっと近づくぞ。ワシのそばから絶対に離れるな。グリズリーは危険じゃから」


マフィン「オレにも銃くれよぉ!ランボーみたいに撃ちまくりてぇ!」


ハッシュ「それはもっと危険じゃ。クマより先にお前がじいちゃんを殺すじゃろう」



−−−−−−−−−−



折り重なった倒木に身を隠し、標的のグリズリーを観察するハッシュとマフィン。距離はおよそ70m。ハッシュは倒木の隙間からライフルの銃口だけを突き出し、スコープを覗いてグリズリーに狙いを定める。


ハッシュ「耳を塞いで見ておけよ。心臓を射抜いて1発で仕留める。心臓を外せば、グリズリーは猛スピードでこちらに突っ込んでくるじゃろう。ゆえに1発。1発で仕留めなけらばならん」


両耳を塞ぎ、キョロキョロと視線を動かしグリズリーと祖父を交互に見るマフィン。


タァァンという銃声が森に響き、グリズリーがその場に倒れた。


マフィン「……す、すげーよじいちゃん!ホントに1発で」


ハッシュ「伏せろ!!」


ハッシュはマフィンの頭を押さえつけ、地面スレスレまで近づけた。


ハッシュ「ワシはまだ撃っていない……別のハンターがどこかにおる。人間は撃たんじゃろうが、念のため伏せておくのじゃ」


ハッシュは辺りを見回すが、ハンターらしき人物の姿は見えない。相当遠くから狙撃したのだろう。


ハンターならば、仕留めたグリズリーの死体を回収しにやって来る。しかし30分待っても、誰もグリズリーに近寄って来ない。


マフィン「じいちゃん、あのクマどうする?せっかくなら、もらって熊鍋にでもしちゃおうよ」


ハッシュ「あれを撃ったハンターの狙いは、死体に近づいてくる者じゃろう。わざとクマの死体を放置し、漁夫の利を狙う者を狙撃しようとしとる。軍の狙撃手に近いやり方じゃ」


マフィン「じゃあ、あのクマには近寄っちゃダメってこと?そんなぁ、腹へったよぉー!早く熊鍋食いたいー!熊鍋でなければこの渇望は満たされないー!」


ハッシュ「ダメじゃ。まだハンターが狙っとる可能性が高い。鍋はお預けじゃ」


海兵隊にいた頃の勘が、ハッシュの警戒心を高めた。ただこの勘は、当てずっぽうではない。ハッシュには、自身より先にグリズリーを仕留めた者に心当たりがあった。


先ほどの銃声、ハッシュが昔よく聞いていた九九式短歩兵銃Type99 Arisakaのもの。古い日本製の銃で、現代で使っているハンターは多くない。その一人が、かつてハッシュの上官だったライス一等軍曹。


ハッシュ「……少し昔話をしていいか?お前のオヤジが、ワシの金玉にいるより前の話じゃ」


マフィン「いやだ。眠くなる」


ハッシュ「18歳になって海兵隊に入ったワシは、実弾射撃なら同期の中で一番でな。当時の上官だったライス一等軍曹は高く評価してくれた」


マフィン「嫌だって言ったのに。これだから老いぼれは……」


ハッシュ「じゃがライスさんからは『銃の腕が鈍ったら、お前は犬のウ⚫︎コより役に立たない』とも言われてな、休日も練習のため一緒に狩りをした。まさにこの森で狙撃のノウハウを叩き込まれたのじゃ」


マフィン「へぇ。じゃあここは、老いぼれの思い出の場所でもあるってわけか」


ハッシュ「隊の中でワシを一番気にかけてくれていたのも彼じゃった。ワシの恩師と言ってもいいじゃろう。しかし、関係はいつまでも続かなくてな。ある日、反政府ゲリラの掃討に駆り出されたワシは、敵兵士を狙撃し、部隊を援護していた。後から分かったことじゃが、ワシが狙撃したゲリラの中にライス一等軍曹の息子がおったんじゃ」


マフィン「えっ!?何やってんだよこの老いぼれぇ!」


ハッシュ「ライスさんは『誰であろうと国に敵対する者を殺すのが兵士の任務』と言ってくれたが、内心かなりショックを受けておったのじゃろう。以降、ライスさんと一緒に狩りをすることは無くなった」


マフィン「全部お前のせいだ腐れ老いぼれ!で、その人は今どうしてるの?」


ハッシュ「ワシと交流が無くなってから1年後に自殺した。もう40年近く前の話じゃ。だから生きているはずはないのじゃが……さっきの銃声やターゲットを誘い出す方法、ライスさんとしか思えん……」


直後、銃声が響き、2人が身を隠していた倒木に弾丸が当たった。


ハッシュ「見つかったか!ターゲットはワシらのようじゃ……場所を移すぞ!」


ハッシュはマフィンを脇に抱え、森の奥へと避難した。

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