陰と陽の攻防(全3話)

陰と陽の攻防①

一人暮らし用ワンルーム。フローリングに置かれたローテーブルの上で、試験管から小さな瓶に液体を移す若い女性・キョウカ。背後には天井まである鉄製の棚があり、虫カゴがビッシリと置かれている。虫カゴの中に入っているのは、ヤドクガエルやオオムカデなど、猛毒を持つ生き物。キョウカはこういった生き物の毒をベースに開発した毒薬を闇サイトで販売しつつ、副業としてキャバクラで働いている今どき女子だ。


日中は販売用の毒の生成に勤しみ、夜は酒に酔った人たちの話し相手になる。今日もそんな、いつも通りの日になるはずだった。



すみません……



作業中のキョウカの鼓膜を、か細い男の声がわずかに揺らした。



すみません……



キョウカは一人暮らしで、毒薬のことがバレないよう自宅には家族すら上げたことがない。なのに、自分以外の誰かが家にいて、話しかけてくる。


テーブルを挟んで向かい側に、裸のまま三角座りをした真っ白な肌のガリガリメガネ男が、どこからともなく現れた。


キョウカ「ひぃやぁふっ!だ、誰!?」


男「すみません……驚かせるつもりはなかったのですが……この姿のまま女性の前に現れるのもどうかと思い……なかなか切り出せず……」


キョウカ「警察呼びますよ!」


男「ま、待ってください!ボク、パンツは履いてますよほら!」


男はその場に立ち上がる。三角座りをしているときはうまく隠れて全裸に見えたが、白いブリーフを履いていた。


男「死んだときの服装のまま幽霊になるみたいなんですよね……ボク、死んだときパンツ一丁だったんですよえへへへ」


キョウカ「裸かどうかなんて関係ない!不法侵入してるのが問題!警察呼びます!」


男「でもボクは幽霊ですから、簡単に逃げられるので意味ないですよ。本来脅かす側のボクが言うのもアレですが、一旦落ち着きましょう」


男は再び三角座りに戻った。男の体は若干透けていて、部屋の向こう側が見える。玄関の扉が開くことなく男が突然現れたことからも、幽霊という男の話は本当なのかもしれないと思うキョウカ。


キョウカ「……ゆ、幽霊が何の用ですか?まさか私の作った毒薬で死んだから、呪いに来たとか?」


男「いえいえ。アナタにしかできないお願いがあって、お邪魔させてもらいました。ある人物を殺してほしいのです」


キョウカは毒薬を開発するだけでなく、特定のターゲットを毒殺する殺し屋業もやっている。しかし、殺すターゲットはキョウカが働くキャバクラ「デーモン・パンプキン池袋東口店」にやって来る痛客のみ。キャストにセクハラしたり、暴力を振るったりする客を裏で始末し、働きやすい職場を作るべくボランティアとしてやっているだけだ。店に関係のない殺しは請け負っていない。


男「ボクが殺してほしい人物は、アナタが働くお店の常連客。アナタなら、殺すチャンスがいくらでもあるはずです」


キョウカ「だ、誰を殺したいんですか……?まぁ、痛客なら考えなくもないですけど」


男「暗井 影虫くらい かげむという男です」


キョウカ「暗井って、あの暗井さんですか!?」


男「そう、毎週金曜日の夜にアナタのお店に行っている、あの暗井です」


キョウカ「ダメです。暗井さんは殺せません。2億%ダメ」


男「なぜ!?」


キョウカ「だって、暗井さんはイケメンで、毎回私のこと指名してくれるし、他の女の子がついても優しいからキャストの間で評判良いし、話は面白いし、セクハラとか暴力とか絶対しないし、お酒奢ってくれるし、それでいて飲みの強要はしないし、私の誕生日には10万円のシャンパン入れてくれたし、めっちゃ優良客なんでダメです」


男「そんな……アイツが良いヤツなわけがない!アイツはクズで無能でバカな、性欲に支配されたサル野郎だ!ヤツの本性を知れば、アナタも考えを変えるはず!」


キョウカ「一体何かあったんですか?」

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