水の神(全2話)

水の神①

真っ赤な顔でフラフラになりながら、バックヤードに戻って来たキャバ嬢・カリン。


カリン「あの客マジ酒強い……潰される……」


カリンが接客していたのは、紺色のスーツを着た男性で、年齢は30代前半。初めて店に来た客だ。真面目そうで、キャバクラに一人で来るような感じではない。会社の飲み会すら断って帰りそうなタイプに見える。そんな見た目に油断したのか、「デーモン・パンプキン新宿西口店」に勤めるキャバ嬢たちの中で5本の指に入る酒豪・カリンが、返り討ちにされて帰って来た。


そんなカリンの様子を見て、イスに座り小説を読みながら待機していたミモトが立ち上がる。


ミモト「じゃあ、私が行きます」


カリン「えっ……でもミモトさん6連勤してて、今日も二日酔いって言ってたじゃないですか!?あの客マジやばいですよ!」


ミモト「うーん、まぁ大丈夫じゃないですかね?心配せず休んでてください」


2人のところにボーイがやってくる。


ボーイ「ミモトなら問題ないでしょ。むしろ、ミモト以外に誰がそんな酒豪を抑え込める?」


カリン「確かにそうだけど……」


ボーイ「頼んだよ、ミモト」


ミモトは水色のワンピースの裾を手で伸ばすと、フロアに出た。


「アルコールお化け」、それがミモトの異名だ。以前、店に大柄なロシア人男性3人のグループ客が来たとき、飲み比べになりミモト1人で3人とも潰した。そのときにミモトが飲んだテキーラのショットの杯数は合計236杯。以来、妙に酒が強い客の相手はミモトの役割となった。


ミモトと飲んで急性アルコール中毒になった自称酒自慢は数え切れない。病院に搬送後、死亡した人も多いらしい。ミモトも飲兵衛のんべえたちとの飲み比べを楽しんでいる節があり、最近は自ら酒豪を殺しに行っている。


少しは楽しめそうなヤツが来た。そう心を躍らせながら、ミモトは例の客の横に座る。


ミモト「私、ミモトっていいます〜!お兄さん、お酒強いみたいですね〜!結構前から飲んでますけど、顔色全く変わらないし、酔っ払ってる感じしない!」


明るく振る舞うミモトだが、目つきは獲物を見つけたトラのそれだ。


お兄さん「まぁ、割と強いよ。さっきの子も強かったけど、ボクの勝ちだったかな。ミモトさんはどう?飲み比べしてみる?」


ミモト「え〜!どうだろう?お酒好きですけどぉ〜」


とは言うものの、殺る気満々だ。


お兄さん「もしボクをギブアップさせられたら、シャンパン10本入れるよ」


ミモト「本当ですか〜!?じゃあやります〜!」


「かかった」とミモトは思った。こうやって自滅した客が大勢いるのだ。


お兄さん「せっかくだから、楽しく飲もうか」


お兄さんはスーツの胸ポケットからサイコロを1つ取り出した。


お兄さん「ゲームだよ。ボクとミモトさんがそれぞれ1回ずつサイコロを振る。出た目の小さいほうが、相手の出した目との差分だけテキーラショットを飲む。出た目が同じなら振り直し。これをどちらかがギブアップするまで繰り返していく。例えば……」


お兄さんがサイコロをテーブルの上に転がす。出た目は2。


お兄さん「次はミモトさん」


ミモトがサイコロを振る。出た目は5。


お兄さん「この場合、テキーラショットを飲むのは出した目が小さいボク。そして杯数は、5引く2で3杯。こういうゲーム」


ミモト「面白いですね〜!やりましょ〜!」


ミモトはボーイを呼び、テキーラショットを3杯用意させる。お兄さんは1秒の間も開けず、クイクイクイとショットを飲み干した。そしてサイコロを振る。


お兄さん「今度は良い目出てくれよ!」


サイコロは6の目。


お兄さん「よし!6なら負けることはないぞ!」


ミモトがサイコロを振る。出た目は1。


ミモト「あ〜1だぁ〜!ってことは、6引く1で5杯〜!?最悪です〜!」


ボーイが5杯のテキーラショットを持ってくる。ミモトはお兄さんとほぼ同じペースで飲み干してみせた。宣戦布告である。


お兄さん「その飲みっぷり、ミモトさんも相当やるねぇ。ボク、このゲームをいろんな店のキャバ嬢とやってきたんだけど、10回勝負して立ってられた子はいないんだ。でもミモトさんなら、20回くらいは耐えられるかもね」


自身ありげに語るお兄さん。このゲームでカリンもやられたのだろう。「仇を討ってやる」と、ミモトは心に誓った。

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