検体A②
1987年12月8日 PM 11:37
霊体殺し屋・清野は、依頼人から指定された山梨県郊外にある廃ホテルに到着した。10階建てで、1階の広いロビーから屋上まで吹き抜けになっており、月明かりが差し込んでいる。周りは深い山林で、普段は誰も近寄らない。警戒し過ぎな気もするが、殺しの依頼について話すには最適な場所だった。
清野「お〜不気味。オバケ出そう。ってオバケはボクか」
我場野「薄ら寒いジョークまで付けてくれるとは、さすが新進気鋭の殺し屋、サービスが良いねぇ!」
3階の暗闇に浮かぶ2着の白衣。我場野と看護師が1階にいる清野を見下ろしていた。清野は大きな声を発し、2人に話しかける。
清野「アンタらが依頼人?こんなところに呼び出すってことは、相当聞かれたくない話なんだろうな。誰を殺したいんだい?」
我場野「そうだな……強いていうなら、キミかな?」
我場野と看護師の背後から、大きな影が出現し、1階まで飛び降りる。体高約3m、灰色の体毛をなびかせる狼のような人間が、清野の前に2本の足で立っていた。
清野「な……なんだコイツは……」
我場野「では検体A、頼んだよ」
検体A「ごおぉぉぉぉがぁぁぁぁぁっ!!!」
検体Aは雄叫びを上げ、空気を激しく振動させた。その声量だけで、清野の存在そのものが消えそうになる。状況が飲み込めないまま、清野は右腰にぶら下げたコンバットナイフを鞘から抜いて構えた。
検体Aは床に両腕を付くと、跳び箱を飛ぶ容量で清野に突進してきた。清野の左腕が噛みちぎられる。出血はしないが、痛みが清野を襲う。
清野「うわぁぁぁぁぁっ!」
我場野「検体Aは主人格を完全に殺した、純粋な人狼だ。猛獣と同じで、標的を食い殺すことしか頭にない。そんな『人間と比較にならないほど生きることに前向き』な人狼相手に、幽霊がどこまで保つかな?」
清野「なんでボクがこんな目に……」
清野は自分の気配を消し、体を透明に変えた。エネルギー体である清野には体臭がなく、動いた際の物音も発生しない。検体Aは清野の姿を見失う。
直後、検体Aの背中から血が吹き出した。透明化していた清野が姿を現す。ナイフが深々と人狼の背中に突き刺さっていた。
清野「どうだバカ犬!人間に逆らうと!こう!やって!ブッ刺されるんだよぉ!」
清野はナイフを何度も突き立て、検体Aの背中を滅多刺しにする。突如、検体Aの体が光り、清野が大きく吹き飛ばされた。床に倒れた清野は、自分の体が痺れていることに気付く。電撃だ。
我場野「検体Aは、体毛同士が擦れて発生した静電気を極限まで強めることができる。電力はおよそ800ボルト。電気ウナギ並みだよ。桁外れな耐久力がある人狼だからこそ、こういった能力を施す実験もできた。ただのデカイ犬だと思うなよ」
仰向けに倒れて動けない清野に対しマウントポジションをとった検体A。清野の右肩に噛み付いた。
清野「うがあぁぁぁぁぁっ!チ、チクショウ!ボクはこ、こんなところで死ぬわけにはいかないんだぁぁぁぁぁっ!」
清野はかろうじて動くようになった右手でナイフを振り、検体Aの右目を切り裂いた。それでも噛み付くのをやめない人狼の首を、清野はナイフで何度も突く。
清野「ボクは!明日も!あの喫茶店に!行くんだ!ま、
検体Aの首周りに生えた灰色の体毛が、血でどす黒く染まる。
清野「うわぁぁあぁぁあ死ねぇぇぇえええブタ野郎ぉぉぉぉおっ!」
清野は検体Aの首だけでなく、胸にもナイフを繰り返し突き立てる。やがてその手は止まり、ナイフが床に落ち、清野の体は霧のように消え始めた。
我場野「……殺った?殺ったか?殺ったぽいな!よーしっ!よくやったーっ!検体Aちゃん最高!イェイッ!今夜はいつもよりお高いドックフードあげちゃう!」
清野の体が完全に消えると、検体Aは頭から床に倒れた。首と胸から出た大量の血が広がる。その体はピクリとも動かない。
我場野「……おい検体A!どうした!?まさかお前が……そんなはずは!?」
我場野は1階へと続く階段を下った。
−−−−−−−−−−
外から廃ホテルを眺める看護師。清野と検体Aの戦闘に夢中になっていた我場野の隙を見計らい、抜け出していたのだ。
看護師「幽霊を殺す方法、しっかりとこの目で見定めた。手段を考えれば私にもできると思うし、何より楽しそう。次の仕事は、幽霊暗殺で決まりね」
看護師は右手に握った小さい円筒形のスイッチを押した。廃ホテルの各階が爆破し、窓から炎が噴き出る。
我場野の指示で清野を呼び出したのはこの看護師。そして彼女は、清野と検体Aのリングとなる廃ホテルの下見をする際、あらゆる箇所にC-4爆弾をセットしておいたのだ。我場野、検体A、清野、今後ビジネスをする上でライバルになりそうな者を全員始末するために。
この日から看護師・ハルミは幽霊暗殺者としての道を歩み始めた。この仕事は、後に娘・トモミ、孫・シゲミへと受け継がれていく。
<検体A-完->
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