検体A(全2話)

検体A①

1987年12月4日 AM 9:45


東京都・西新宿にあるサイコキネシス診療クリニック内、実験体監視モニター室

4つのモニターの前でイスに座り、カルテを眺める院長・我場野がばの。その背後から女性看護師が近づく。


我場野「うちの医院のこと嗅ぎ回っていた例のジャーナリスト、始末できたかな?」


看護師「検体Bが暗殺に成功しました。アメリカ現地でジャーナリストおよびそのボディガードの死亡が報道されています。ただし検体Bも行方不明です。相打ちになった可能性が高いかと」


我場野「そこそこ優秀なボディガードを雇っていたのかな。まぁ、雇い主を守れない時点で2流だけど」


看護師「グアテマラで死亡した検体Cの代わりは見つからず、検体Dは3ヶ月前に舌を噛み切って自死。完全に人手不足です。このままだと暗殺業は回らなくなります」


我場野「だよね〜、参ったなぁ。案件自体も減ってきてるでしょ?」


看護師「昨年の同月比で、75%減です」


我場野「それも問題だよなぁ……厄介な競合が出てきやがったよ。清野きよのだっけ?『霊体殺し屋』とか名乗ってるヤツ」


看護師「はい、ここ1年ほどで急激に知名度を伸ばしています。清野自身が幽霊であるため、ターゲットに気取られることなく、証拠となる痕跡を一切残さず暗殺できることから、裏社会でかなり評判が良いみたいです」


我場野「つまり、その清野をどうにかしないと、うちの殺し屋を増やしても食い扶持が増えるだけってことだ」


看護師「そうなりますね。もし状況が改善しなければ、私も転職しようと思っています」


我場野「それは困る」


我場野はイスの背もたれに体重をかけ、両手を頭の後ろに回した。


我場野「幽霊って殺せるの、知ってる?大学時代の友人がその手の研究をやっててね。実験に成功したらしい」


看護師「塩でもかけるんですか?」


我場野「そうそう幽霊に塩かけて美味しくいただいちゃいましょー!ってスイカじゃないんだから。全然違う方法」


看護師「皆目見当もつきません」


我場野「その幽霊が持つエネルギー以上に膨大なエネルギーをぶつければ良いんだってさ。熱とか光とか、どんなエネルギーでもいい。生命力なんてものでもOKらしい。ほら、明るい人のところには幽霊が寄りつかないって話、聞いたことない?つまり生きることに対する前向きさもある種のエネルギーで、幽霊を殺す手段になるんだって」


看護師「へぇ……まさか私が清野の暗殺に行けと?私は事務職ですし、明るい人間なんかじゃありませんよ」


我場野「もちろん、そんなことはさせないよ。あまり使いたくなかったけど、検体Aを向かわせる。幽霊と人狼じんろう、どっちが強いか、戦わせてみようじゃないか」



−−−−−−−−−−



サイコキネシス診療クリニックで確保していた殺し屋は、かつて世を震撼させた殺人鬼の人格が宿った一般人だ。主人格が乗っ取られると、体つきまで変容し、殺人鬼としての姿を取り戻す。


しかし、それは検体BからDまでの話。検体Aは成り立ちが違った。


100年ほど前、人間のDNAと狼のDNAを配合した生物兵器・人狼を作る実験が世界各地で行われていた。実験というより黒魔術の儀式に近い形だったようだが。そのほとんどが失敗し、記録は残っておらず、現在はただのおとぎ話としてしか伝わっていない。そう思われていたが、当時ごくわずかな成功例があった。そのときに生み出された人狼の唯一の生き残りが現代にもいる。それが検体Aだ。


殺人鬼の人格が発現しても、主人格を殺す薬を投与し続け、およそ3週間は経たないと身体変容が起きない、一般人の体のままだと、殺人鬼はその力を100%発揮できないため、クリニックでは身体変容までの「順応期間」を設けている。一方で検体Aは、クリニックを訪れたときからすでに身体変容が見られ、しかも人と狼を混合した人狼に変わるという異例のケースだった。


我場野は検体Aを快く受け入れた。が、人狼なんて奇妙な生物を世に放てばすぐさま話題になり、クリニックが特定され裏稼業がバレてしまいかねない。そのため今日まで、いざというときにしか使わない切り札として、検体Aを温存してきたのだ。

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