足音③
真波「私みたいな、愚かなくらい強い執着心があれば、死んでも魂だけがこの世にとどまり続けるんじゃないかな?清野くんには、そういうのある?」
清野「ええと……見返したいヤツならいます。中学のとき、ボクいじめられてて。その主犯みたいなヤツ、当時から偉そうだったんですけど、今は会社経営やってるんですよ。社会的な成功者ってやつですよね。学生時代からずっと強い立場に居続けるソイツに本当にムカついて……ぶん殴って、いや、ぶっ殺してやりたいなって思ってます。こんなのでいいですかね?」
真波「いや知らないけど、まぁいいんじゃない?その人のこと思い出しながら死んでみれば?あ、私に呪い殺してとか言わないでよ!そういう力ないから」
清野「えっ!?ないんですか?」
真波「ないよ。元はただの人間だし。幽霊ってなんかすごい存在みたいに思われてるけど、全然だよ。壁をすり抜けることもできないし、人にも普通にぶつかるし。その証拠に……」
真波は右手で清野の左手首をつかんだ。ポッキーのように細くて、マシュマロのように白い指が清野の手首を包む。
真波「こんなふうに触れる」
清野「何この感覚!?人に触られてるのに人肌の感じじゃない!なんか生ぬるい!ちょいキモ!でもなんかうれしい……」
真波「ホント、幽霊って不便だよ〜。飲まず食わずでも死なないのに、お腹は空くし喉は乾く。で、何か買うためにお金を稼ごうにも社会的には死んでるから、就職もできない。だから欲しいものは盗むしかないんだよね。住んでた家も片付けられちゃってて、雨風をしのげる場所も要る」
真波の言葉は、清野が「幽霊になる」と決心する後押しになった。正直なところ、清野にはまだ迷いがあった。もし幽霊になり、死という制限から解放されるのであれば、殺し屋をしてまでお金を稼ぐ必要はないのではないか。ならば、幽霊になって殺し屋をするというのは本末転倒ではないかと。
しかし幽霊もお金が必要なら話は別だ。死後も殺し屋として働き続ける必要があり、殺し屋をやる上で幽霊になるメリットは大きい。それに……
真波「どう?それでも幽霊になりたい?」
清野「ありがとうございます、真波さん。ボク、決心しました。幽霊になります。で……もし良ければなんですけど……また会ってくれませんか?今度は幽霊同士、ゴーストトークをしましょう!」
真波「え?……うん、いいよ。そういう話できる人、他にいないし。1週間後の同じ時間に、この喫茶店の前で待ち合わせでいい?」
再会する約束をし、清野と真波は喫茶店を後にした。
−−−−−−−−−−
アパートの自室に帰ってきた清野は、玄関のドアノブに荷造り用の紐をくくりつけ、首を吊った。呼吸ができなくなり、だんだんと脳に血が通わなくなるのが分かる。頭蓋骨が何倍にも膨れ上がり目玉が飛び出しそうな感覚に陥る。今まで味わったどんな痛みや苦しみよりツラい。首が締まってから2〜3分程度しか経っていないのだろうが、永遠のように長く感じた。
真波の言っていた執着心を強めるために、苦しみながら学生時代の「ソイツ」の顔を思い浮かべる。しかしなぜか、真波の顔ばかりが浮かんだ。
清野は気が付くと、苦悶の表情を浮かべる自分の亡骸を見下ろしていた。成功した。思惑通り、幽霊になることができた。いくら足踏みをしても、音が鳴らない。
その夜、清野はターゲットの男を尾行し、住宅街の路上でついに暗殺をやってのけた。勘づかれる様子が微塵もない、完璧な暗殺だった。
−−−−−−−−−−
1週間後、約束の喫茶店前。
清野は気配を消し、周りの人間には見えない状態になって、真波を待った。気配を消していることこそ、自分も幽霊になった証だ。
しかし何時間待っても真波は来なかった。翌日も、そのまた翌日も待ったが、来なかった。
清野は、自分が殺した男こそ真波が探していた元恋人だったと知らないまま、今日も聞こえない足音を待ち続けている。
<足音-完->
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