影・影・影(全3話)

影・影・影①

東京都内某所にあるタワーマンションの最上階。テニスコートが1面まるまる入りそうな広い部屋の一角にあるダブルベッドの上で、揉み合う2人の男。


心臓めがけて突き立てられそうなナイフを、仰向けの状態で両腕をクロスさせながら持ち堪えているバスローブ姿の中年男性・童元どうもと。最近上場したばかりのIT系ベンチャー企業の経営者だ。そんな童元に馬乗りになり、両手で握ったサバイバルナイフを力いっぱい押しつける男・魔島まじま。黒いニット帽に上下紺色のスウェットを着た殺し屋だ。ある人物に依頼され、童元の命を奪うべく彼の部屋に侵入した。ベッドの上でスヤスヤ寝ているところをナイフで仕留めようと思ったが、寸前のところで気付かれてしまった。


童元は自社の成長のためなら手段を選ばず、これまでに汚い手を使い続けてきた。そのため、恨んでいる人間は多い。


童元「おとなしく身を引いてくれないか……?今なら警察には通報せず、見逃してやる……」


魔島「仕事を中途半端に投げ出すのは嫌いなタチでね!」


魔島は両腕に思い切り体重をかけた。ナイフがジリジリと童元の胸に近づく。童元は週4日でトレーニングジムに通い、ブラジリアン柔術も習っているため、体力には自信があった。しかし、年齢的に一回りは若いであろう魔島に、寝ているところを不意打ちされては鍛え上げた肉体も思うように力を発揮できない。ナイフを防いでいる童元の腕は、すでに限界を迎えていた。


童元「ここまでか……」


魔島「ああ!地獄へ堕ちろ!」


童元「今の私はな・・・・・!」


童元はクロスした両腕を解く。魔島の握ったナイフが童元の胸に突き刺さり、的確に心臓を貫いた。同時に、童元は右手の中指と親指をこすり、パチンと音を鳴らした。


やった……魔島は一瞬、達成感に浸る。だが、1回刺した程度で人間は即死しない。何度も刺して確実に殺すべく、ナイフを引き抜こうとした。


直後、童元とベッドのほんの僅かな隙間にできた人型の影が横へスライドし、体から切り離された。影はモコモコと膨れ上がって立体的になり、徐々に引き締まった肉体へと変化していく。


ナイフが心臓に深々と刺さっている童元の隣に、もう1人、全裸の童元が現れた。新たに出現した童元は、何事もなかったかのように上半身を起こし、ベッドから降りると、数m離れた場所にあるイスへ向かってスタスタと歩き、足を組んで座った。そして魔島のほうを見ながら口を開く。


童元「指パッチンをすると、私の影がドッペルゲンガーになる。ドッペルゲンガーの体は、指を鳴らす10秒前の私をそっくりそのままコピーしたもの。つまり今の私の体は、キミがナイフを突き刺し、死亡する前の状態ということだ」


状況が飲み込めない魔島。童元はベッドの上で胸と口から血を流し、すでに息絶えている。その一方、フルチンで偉そうにイスに座り、自分に話しかけるもう1人の童元もいる。


童元「1800年代のフランスに、エミリー・サジェという女性がいたのを知っているかね?彼女は優秀な教師だったそうだが、ある現象が理由で学校を転々とし、失職してしまった。それがドッペルゲンガー現象。バイロケーション現象とも言う。彼女が2人に分身しているところを、数十名の生徒が目撃したのだ。まるで今の私のように」


魔島「じゃあアンタは……童元のドッペルゲンガー?」


童元「ベッドにいる童元は死んだ。私こそが真の童元だ」


魔島「そうかい……ならアンタもあの世に送るまで!」


魔島は童元だったものからナイフを抜き、ベッドの弾力を利用して新しい童元に飛びかかった。童元は再び指を鳴らす。魔島のナイフは童元の首に刺さり、腹部まで縦に引き裂いた。傷口から肺や胃がドロリと流れ出る。イスが倒れ、童元と一緒に床に倒れ込む魔島。死体からナイフを抜いて屈んだ姿勢になる。その背後に、また新しい童元がフルチンで立っていた。


童元「エミリー・サジェが私と同じ力を持っていたのか、それは知る由もない。しかし現に私はこうして、ドッペルゲンガーを自在に生み出す力を持って生まれた。とても有意義な力だよ。分身を作れば、何倍も効率良く仕事ができる。今の地位があるのは、この力のおかげと言ってもいい」


魔島は立ち上がると、目にも止まらぬ速さで童元の首を、今度は横に切り裂いた。後ろによろけながら童元はまた指を鳴らす。童元の背後から、新しい童元がフルチンで現れた。

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