殺人格④

1986年6月20日 PM 7:25


M字にハゲた白髪で細身、丸メガネをかけた中年の男性心療内科医・我場野がばの。彼が院長を務める『サイコキネシス心療クリニック』は、経営難に苦しみながら東京都内で細々と患者の診察を行なっている。


我場野の向いに座る若い女性・餅前もちまえは、初診の患者だ。茶髪のロングヘアで、上下黒のスーツを来ている。営業の外回りが終わって、その足で診察にやってきた。


餅前「私、人を殺しているようなんです」


カルテにメモをしている我場野のペンが止まった。


餅前「私が寝た後だと思います。無意識のうちに家を出て、殺人を犯している日があるんです。締めた首の動脈が拍動する感じや、刃物がブチュブチュと筋肉を裂く感覚が鮮明に手に残っていて……最初は単なる夢だと思っていました。でもこの前、夢の中で私が殺した男の人が、翌日のニュースで殺人事件の被害者として報道されていたんです」


我場野「そうですか……」


餅前「妄言に聞こえるかもしれません!でも先生!信じて!私、何かがおかしいんです!」


我場野「ええ、信じますよ」


餅前「……あっ、割とあっさりですね。小一時間くらい説明が必要かと思ってました」


我場野「同じ症例の患者さんが過去に3名いたんですよ。3名とも餅前さんと同じようなことを言っていました。現在、当院で入院中です」


餅前「その患者さんたちの原因は何だったのでしょうか?」


我場野「原因は……それこそ言っても信じないでしょうな」


餅前「いえそんなことありません!どれだけ現実離れした話であっても、信じます!現に私自身、おかしな事態に陥ってますし……」


我場野「その3名とも、かつて世を震撼させた殺人鬼の霊に取り憑かれていたんです。夜になると、その殺人鬼の霊が体を乗っ取り、殺しをする。最初は一時的な憑依だったのが、繰り返していくうちにだんだんと人格の一つとして定着してしまったのですよ」


餅前「……ま、まさか私も?」


我場野「可能性はありますね」


餅前「私……どうしたら……」


我場野「他の患者さんと同じように入院しましょう。いや、正しくは監禁させてもらいます。檻の中で手錠と足枷を付けたまま生活を送るのです」


餅前「監禁!?」


我場野「殺人鬼の人格に乗っ取られたとしても、外に出られなければ殺しはできませんからね。そして1日3回に分けて、この薬を飲んでもらいます」


我場野は手のひらにのせた小さなカプセルを餅前に見せた。


餅前「この薬は……?」


我場野「殺人を犯す人格を、殺す薬です。他の患者さんにも、これを服用いただいています」


餅前「……私、大丈夫なのでしょうか?」


我場野「大丈夫ですよ。むしろうちに来たのはラッキーでした。もし他の病院だったら通報されて、あなたの人生The ENDでしたよ。はっはっはっ」


こうして餅前の監禁生活が始まった。

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