苦悩と救済の狭間で③

子ども部屋の扉が開き、傘常が入ってきた。傘常は自分の娘が死ぬ瞬間を見たくないと、事が終わるまで別室にいるはずだったが、いつまで経っても都田が戻って来ないため、様子を見に来たのだ。


傘常と目が合った。数秒置いて都田が口を開く。


都田「……俺にも、この子くらいの娘がいて、死なせてしまった。苦しかったと思うし、今も死後の世界で苦しんでいるかもしれない。この子も、娘と同じところに行くのだろうか……だとしたら……」


傘常「……お前はプロの殺し屋なんだろう?」


都田「ああ……」


傘常「……だったら私情を挟まず仕事をしてくれよ。お前は今までに殺した人間一人ひとりに、そうやって情けをかけたのか?」


都田「……いや」


傘常「俺の娘の命と、お前が殺してきた人間たちの命との違いは何だ?自分の娘と似ているだけで殺しをためらうのか?そんな良心があるのなら、その感情を他の人間にも向けられなかったのか?」


都田「……すまない。やるよ。だから、部屋から出ていてくれ」


傘常は無言で子ども部屋の扉を閉めた。都田は少女の上にまたがり、逆手に握った包丁を振り上げる。せめて苦しくないよう、痛みを感じないよう、心臓を一発で刺す。都田は包丁を振り下ろした。刃が少女の柔らかい皮膚を突き破り、肋骨を砕き、心臓の奥深くに達する。


その瞬間、少女の目が大きく開いた。


少女「また私を殺すの?パパ」


ささやくようにそう発した少女は再び目をつむり、永遠に呼吸を止めた。


都田は確信した。やはり少女は取り憑かれていたのだ。しかも、昔死んだ娘に。そして娘の狙いは、少女を苦しめることでも、傘常を悩ませることでもない。実の父親に、これ以上ないほどの罪悪感を植え付けること。自分を殺した父を誘き出し、復讐するために、自分とそっくりな旧友の子どもに取り憑いて殺さざるを得ない状況を作り出したのだ。


都田は少女の胸から包丁を引き抜くと、自身の喉を切り裂いた。


<苦悩と救済の狭間で-完->

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