苦悩と救済の狭間で(全3話)

苦悩と救済の狭間で①

ぬいぐるみやマンガ本が置かれた子ども部屋。その中央にあるベッドの上に仰向けで眠る少女。そして枕元に立ち、少女を見つめる男・都田とだ。右手に包丁を握っている。


都田と少女に直接的な関係はない。少女は都田の高校時代の旧友・傘常かさつねの娘で、この日初めて対面した。


都田と傘常は高校を卒業して以降、20年近く会っていなかった。そんな傘常から連絡があったのは、1週間前のこと。久しく使っていなかったメールアドレス宛に来た「久しぶり。近いうち飲まない?」という文章。昔はLINEなんて便利なツールはなく、友人とはメールアドレスと電話番号以外の連絡先を交換していなかった。

ろくに会話したことすらない同級生からのメールだったら、マルチ商法の類だと思って無視していただろう。しかし都田にとって傘常は親友と呼べる存在で、学校以外でも毎日のように遊んでいた。仮にマルチだとしても、久しぶりに会って話をするのも悪くない。そう思って返信し、会う約束をした。


ガヤガヤと騒がしい、安い大衆居酒屋の店内で小さな机に向かい合って座る男2人。安い居酒屋が良いと言い出したのは傘常のほうだった。

当然のことだが、傘常は高校時代よりだいぶ老けた。髪にはところどころ白髪が混じり、口元にはほうれい線がくっきりと浮かび上がっている。


高校を卒業してから何をしてきたのか、家族はできたのかなど、1時間ほど話をしながら、酒を飲んだ。親友だったとはいえ、20年ぶりに会う者同士。最初こそ会話はぎこちなかったが、お酒のおかげか、徐々に高校の頃のように話せるようになった。だからこそだろう。傘常は突然、真剣な表情を浮かべ、ある話題を切り出した。


傘常「お前、殺人を請け負ってるんだろ?それが今の収入源か?」


傘常の一言で、教室のようだった雰囲気が、暗い深海に沈んだ。傘常の言う通り、都田は殺人を生業とする殺し屋だ。だが仕事を得るためにホームページを作ったり、ポスターやチラシを作ったりなんて目立つようなことはしていない。過去に殺人で逮捕されたことも、事件が明るみになったこともない。カタギの人間で、都田が殺し屋だと知る者はいないはずだ。傘常は、人には言えない手段で都田の素性を調べたに違いない。


都田「わざわざ飲みに誘ったのはその話をするためか。だったらせめて個室にしろよ」


傘常「お前になるべく多く報酬を払おうと思って、節約してるんだ。それに騒がしい居酒屋で、オッサン2人のコソコソ話をわざわざ盗み聞きするヤツなんていないだろ?」


都田「まぁ、平然と話していれば怪しまれないだろう。で、誰を殺したいんだ?」


傘常「娘だ。今年で6歳になる」


都田「……訳がありそうだな」


傘常「もう2カ月以上、目を覚まさない。ある朝を境にずっとだ。何か事故に巻き込まれたわけでもない。医者に診せたら、健康状態には何ら異常はないが、このまま目覚めなければ衰弱死するって言われたよ。今は点滴で何とか生きながらえているが、どんどん痩せ細っている」


都田「原因は分からないのか?」


傘常「一応、不明なままだ。だが、おそらく、笑われるかもしれないが、悪霊に取り憑かれているんだと思う」


都田「悪霊……」


傘常「そういうの、信じていなかったんだけどな。人間、打つ手がなくなると超常的なもののせいにしたくなるらしい……国内の有名な除霊師や沖縄のユタ、バチカンからエクソシストまで呼んで見てもらったが、全員口をそろえて『この世ならざる者に取り憑かれてる』ってさ。それらしい除霊の儀式みたいなものもやってもらったんだが、効果はなかった」


都田「だから、殺すしかなくなったと」


傘常「実の娘を手にかけることはできない。でも、不幸中の幸いで、昔の親友が殺し屋をやっているというじゃないか。だから、お前になら、頼めると思ったんだ。どうか、娘を救ってやってくれないか……もう、あの子が死にゆく姿は見ていられない……」


そして現在に至る。都田は、親友の涙ながらの頼みを断ることができなかった。

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