スコープ越しに②

このまま放っておけば、女性は密売人を絞殺し、男に狙撃を依頼したクライアントの目的は果たせるだろう。けれど密売人の死因が明らかになれば、男が狙撃して殺したわけではないことがクライアントに伝わり、報酬は支払われないかもしれない。


密売人を狙撃し、殺害した場合の成功報酬として800万円が約束されている。800万円は男にとって大金であり、絶対に逃したくはなかった。


男は迷った。どちらを撃つべきか。密売人か、女性か。


あと数十秒もしないうちに、密売人は窒息死するだろう。密売人を守るために女性を撃ち殺せば、その間に密売人が逃げてしまう可能性が高い。男が使っているライフルはボルトアクション方式。1回撃ったら、排莢して次の弾を装填するまでにわずかではあるが密売人が逃げるスキができてしまう。


さらに、もし女性を撃って事件が大ごとになれば、警察が公園付近を捜査するようになり、密売人は警戒して二度と姿を現さなくなってしまうかもしれない。


今撃てるのはどちらか一人。密売人か、女性か。


男は引き金にかけた人差し指に力を入れた。


鋭い銃声がビル街に響く。


男が放った弾丸は、密売人の右こめかみに命中した。


密売人が首元に当てていた手が、力無くダランと垂れる。即死したようだ。


男は密売人を撃つか、女性を撃つか迷った末、任務を優先した。


女性を撃つことにはデメリットが多過ぎる。余計なことを考えず、ターゲットを撃ち抜くことこそが正解だと、男は判断したのだ。


密売人が死んだのを理解したのか、女性は首から手を離した。


もう任務は終わったはずなのに。早くこの場から退散しなければ銃声を聞いた人や警官がやって来てしまうかもしれないのに。男はスコープから目が離せない。


スコープに映る女性の頭がゆっくりと回転し、男と目が合った。



「私の獲物だったのに」



男の耳元でささやくような女の声が聞こえた。


男はようやくスコープから目を離せるようになり、あたりを見回した。


屋上には男一人だけ。


再度スコープに目を戻すと、女性はいなくなっていた。


男は慌ててライフルをギターケースにしまい、薬莢を回収すると、地上へつながる非常階段をカンカンと音を立てながら駆け足で降りていった。



この一件以来、男はスコープが必要な長距離狙撃をしなくなったという。



<スコープ越しに-完->

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る