第10話 結構かわいいところもあるんだね
あれから私は柚月くんに連れられて数十分ほど歩いていた。
彼が向かった先は街の端。
こちらにはあまり来たことがないわね。
半歩先にいる柚月くんを横目にみる。
軽やかな足取りで歩をすすめる度、彼のさらさらとした銀髪が揺れる。
私と同じように前の世界からの名残である彼の髪色は、色こそ私と似ているけれど、恐ろしく綺麗で人工的に感じるほどだった。
そんな作り物のように美しい彼の、人間のような一面が垣間見えたことを思い出す。
『忘れたい過去を全て洗い流してくれるからさ』
雨について尋ねると、彼は一言そう告げた。
雫にも似た哀しい言葉は、私の心にぽつりと落ちて、波紋がゆっくりと広がった。
その言葉の意味は、忘れたい過去への懺悔なのだろうか。失った物への後悔なのだろうか。
私には推し量ることができなかった。
神経を研ぎ澄まして気付けたことは一つ。
どこか、もどかしいような表情がほんの微かに滲んでいたということだけ。
すぐそこにあるのに届かなったものに手を伸ばそうと、もがくようなそんな感情。
もしかしたら、彼にとって魔法や傘を使わず雨に濡れることは、自分への罰なのかもしれない。
私は彼と居ると魔法が使えない。
雨を避けるために手を引かれて走ることも、
だから、自然と楽しいという言葉が出たんだろう。
突然の雨に降られて濡れる、というこちらの世界の人間であれば普通にあることを、彼は教えてくれたのね。
ふと、彼が振り返って、芸術的なEラインが顔を覗かせる。
「ついたよ」
立ち止まった彼の先にあったのは二階建てで瓦屋根のアパートだった。
かなり年季が入っているけど、手入れが行き届いてて清潔感があった。
「ここがあなたの住んでいる家?」
「そうさ」
浮世離れしている彼のことだから大豪邸にでも住んでいるかと思ったのだけど、意外だった。
柚月くんが外階段を登っていくので、私はその後ろを着いていく。
かつんかつん、と軽い金属音が鳴る。
あれ。え、待って待って、男の子の住む家に招かれてる?
自分の頬に両手を当てて考える。
公園の捨て猫を柚月くんが拾ったからって見に行くことになったけど、これは相当早いんじゃないの?
猫のことが心配というのと、柚月くんの誘いが自然過ぎて今の今まで男の子の部屋に行くということに気づかなかったわ。
柚月くんってそういうのに慣れてるのかしら。
私、男の子の部屋に入るのは前世を含めても初めてなのに。
逡巡している間に玄関前に着いた。
柚月くんは慣れた手つきで鍵を開けて入っていく。
そういえば、あの猫を飼っているか信じていたけれどそれは本当なのかしら。
かといってここで帰るというのも変だし……。
ちりんちりん、と鈴の音が聞こえて我に帰る。
そこには見覚えのある黒猫が家の主人に駆け寄っていた。
◇
最近公園で拾った黒猫。
いつも僕が帰る途端に足元に頬をすりつけてくる。
「ただいま、シロ」
少しじゃれていると、森姫さんが玄関前で立ち止まっているのに気づき、彼女に声をかける。
「どうしたんだい森姫さん、そんなところで立ち止まってさ」
「あ……、お邪魔します」
森姫さんはおずおずと玄関に足を踏み入て、それからローファーを脱いで部屋に上がった。
彼女はしゃがんで僕の足元でじゃれている小さな唯一の家族を見ていう。
「この子が公園で拾った猫ちゃん?」
「そうだよ。ほら、この短い尻尾覚えてない?」
シロはじゃれるのをやめて森姫さんに向かってチャームポイントの尻尾をピンと立てた。
それはまるで僕らの話を聞いているようだった。賢い子だな。
「本当だわ……無事で良かった」
森姫さんはシロの狭いおでこを撫でながら柔らかい笑みを浮かべていた。
シロは気持ち良さそうに、にゃあと鳴く。
森姫さんかなり心配していたみたいだから、連れてきて正解だったよ。
「ところでこの子の名前、シロっていうの? 黒猫よね?」
怪訝そうな顔で僕をみる森姫さん。
「そうだけど、首元の一部だけ白い毛があるんだ」
シロの鈴をつけた首輪の下あたりを指差して僕は続ける。
「黒猫にある白い毛はエンジェルマークといって幸運の印とされていてね。この特徴的な部分である色を名前に付けたんだ」
「そうなのね、知らなかったわ。でも黒の方が特徴的だと思うからクロじゃないかしら……」
シロを見つめながら疑問を浮かべている森姫さんだったけど、シロは首をかしげていた。
分かってないな森姫さんは。反対の意味を名付けるのがかっこいいのに。
「僕も色々考えたんだけどシロが気に入ってるようでね。そうだよね、シロ」
シロはこっちを見てにゃあと鳴いた。
「この子が気に入っているなら、それが一番ね」
森姫さんは若干納得いっていない様子だったけれど、シロの元気そうな姿に顔を綻ばせていた。
「森姫さん良かったらシロと遊んであげてよ」
「ええ、ぜひ。そうさせてもらうわ」
森姫さんはカバンから銀色のペンのようなものをしゅばっと素早く取り出した。
「森姫さん、それは?」
「これは猫じゃらしよ」
猫じゃらしとは先端がふわふわしたものじゃないのだろうか。
僕の知ってるのとは違うな。
森姫さんは猫じゃらしを手に持っていじり始めた。
「分かりやすくいうなら猫用のレーザーポインターね。点だけじゃくて蝶や花、ねずみ、色々と切り替えられるの」
「へえ、すごいね。森姫さんはいつもその猫じゃらしを持ち歩いてるのかな?」
「ええ、次にこの子に公園で会ったときのために買ってからずっとカバンに入れてたの」
そんないつ使うか分からないものをカバンに入れて持ち歩いてるなんて、森姫さんは変わってるな。
それから森姫さんは自慢げに、床にポインターを当てて操作する。
ポインターの光が魚の形に変わると、シロがたまらずその小さな手で光を捕まえようとした。
「あら、シロちゃんはお魚が気に入ったみたいね」
くすりと、森姫さんは小さな笑みをこぼした。
「床や壁は気にせず、それを使っていいよ」
「え、いいの?」
「うん、大家さんからの許可がおりてるから大丈夫」
大家さんに猫を飼うお願いをしたときに、床や壁に猫の引っ掻き傷が出来ても良いよ、といってもらえている。
「……じゃあお言葉に甘えて」
森姫さんはポインターを少し遠くの壁にあてた。
シロはだだっと魚の光を目掛けて走る。
「ほらシロちゃん、こっちよ」
魚の光が壁を伝って移動する。
六畳一間の決して広くはない部屋をシロが縦横無尽に駆け抜ける。
「ふふ、とっても元気ね」
森姫さんこそとっても元気だと思う。
どちらも楽しそうだ。
しばらくしてシロは飽きたのか、はたまた疲れたのか、あぐらをかいている僕の足の間にきて眠ったところで猫じゃらしでのお遊びは終わった。
「ちょっとはしゃぎ過ぎたかしら」
「良いんじゃないかな。意外な一面が見れて僕は楽しかったよ」
あんなに走り回るシロを見たのは初めてだ。
ダウナー系黒猫だと思ってたのに。
「結構かわいいところもあるんだね」
「え、あ……そ、そうかしら?」
シロと沢山遊んで疲れたのか、頬に赤みがさしている森姫さんだった。
「うん、また見たいな思うくらいに。そうだ、森姫さんさえ良ければまた遊びに来てよ」
猫じゃらしさえ置いてくれればそれでいいんだけど、それは失礼だもんな。
森姫さんは驚くような表情を浮かべてから、こくり、と小さく頷いた。
またシロと遊べるのが相当嬉しいんだろう、口元がにやけていて喜びが隠せていないぞ。
「あなたも異世界転生者なんでしょ?」って知らぬ間に転生者、前世の記憶持ち、異世界帰りの美少女達に囲まれてたっぽい〜異世界転生できなかったので現実世界で『影のあるクールキャラ』を目指してただけなんだが〜 浜辺ばとる🦀 @playa_batalla
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