第9話 忘れたい過去を洗い流してくれるからさ
僕らは近くの公園の
「にわか雨のようだし、少しここで雨宿りしていこうか」
「ええ、そうね」
お互いに傘を持っていないので、森姫さんに提案する。
森姫さんは周囲をきょろきょろと何かを探すかのように見ていた。
そして、濡れて横顔に張り付いた髪を払いながら返事をする。
「私、雨宿りなんて初めてよ」
「それはどういう意味だい」
「いつもは風の精霊が勝手に私をベールを包んで濡れないようにしてくれているの」
変なことをいうから一応聞いてみたけど、隙あらば厨二語りだな。
それに一人だけ濡れていないなかったら変に思われるだろう。
「へー、それに合わせて周りから見えない魔法も併用している」
と、でもいうのかな?
「流石ね。やっぱりあなたには分かってしまうのね」
僕の適当な反応に森姫さんは感心を示し、頷いていた。
矛盾を解消するそれらしい理由がなかったから、僕の意見に合わせているだろうこれ。
「はあ、今日はあなたがいるから精霊が力を使えないことを考慮していなかったわ。私は普通になりたいと思いながら精霊に頼っていたのね」
森姫さんはひとつため息をつきながらいう。
だから傘を持っているか聞いたときに苦々しい顔をしていたのか。
というか、それ、自分が折り畳み傘とか用意してなかったことを僕のせいにしていないか?
「あなただったらこれくらいの魔法は使えるはずでしょう。なのにどうして私と一緒に濡れているの?」
僕になにか答えを求めるように森姫さんは身を寄せて質問する。
シャツが濡れて下着が透けているというのもお構いなしだ。
まじまじとそんな姿を見ているわけにもいかないので、僕はマナーとして顔を逸らし、空を見上げる。
「雨が、好きなんだ」
目を細めて呟く。
「忘れたい過去を洗い流してくれるからさ」
水道代をケチるのに雨って良いんだよね。
そのときは節水している過去を忘れて、じゃぶじゃぶ水を浴びることが出来る。
森姫さんが居なければ持ち歩いているシルバーシャンプーで頭を洗いたいくらいだ。
「あなたの過去は想像もつかないけれど、大変な想いをしているのね……」
「そうでもないさ」
節約生活も慣れれば案外楽しい。
過酷な状況を悲観するのはもったいない、なぜなら悲観するだけでは状況は変わらないから。
だったら楽しんだ方がお得だ。
「こんな風に雨に濡れたのは初めてだけど、たしかに悪くないわね」
むしろ、ちょっと楽しいかもしれない、と彼女は微笑んだ。
人を寄せ付けないような雰囲気を持つ彼女が、そんな顔も出来たことに少し驚く。
彼女にも節約生活の適性があるかもしれない。
にわか雨が止むまでまだ時間がかかりそうだから、僕は森姫さんと話すことにした。
「森姫さんって部活はなにをしているの」
さっき歩きながら話しているとき僕の委員会活動が終わるまで、部活があったらそんなに待ってないといっていた。
待っていないならなんで怒っていたんだろう、と流してしまったけど話題としては十分だし、改めて聞いてみる。
「……弓道部よ」
森姫さんはぼそっと言葉を落とし、長いまつ毛が伏せられる。
弓道部ね。なるほど、なんとなく見えてきたぞ。
「それってエルフっぽいからかな」
僕がそういったあと彼女はボンっと音が鳴るんじゃないかと思うくらい、森姫さんの顔が赤くなった。
「わ、悪い?」
図星で恥ずかしかったからか涙目になりながら僕を睨みつけてきた。
どこまでも厨二で、自分の設定を守ろうとしているんだな。
「悪いなんて、とんでもない。エルフは弓を使うイメージがあるし、ぴったりじゃないか」
エルフは基本、森に住んでいて狩猟の際の武器は弓であることが多いとされる。
森姫さんの自分の設定という、理想を追い求める姿勢は嫌いじゃない。
むしろ好感を持てる。
「森姫さん弓は得意なの?」
僕の何気ない質問に森姫さんは眉根を寄せた。
「……実はあんまり上手じゃないの」
これは意外だな。
「和弓と洋弓で慣れてないからかな」
「あなた弓に詳しいのね。でも、そうじゃないの……」
日本の弓道部では、身の丈を超えるほどのサイズの和弓を使用する。
かたやファンタジー世界に出てくる弓は小回りのきく1m以下の洋弓だ。
ただ大きさだけでなく構えなど、勝手が違ってくる。
そんな理由をつけて上手じゃない言い訳をするのかな、と思ったが違ったようだ。
「私はそもそも、向こうの世界ではハイエルフとして崇められて生きてきたの」
「……ふむ」
雲行きが怪しくなってきたぞ。
ひとまず聞こうじゃないか。
「そこでは危険から身を守るために隔離されていて外の世界に出たことがなくて、他のエルフたちが狩りで使っているのを千里眼で見ていて羨ましいなって思っていたの。この世界に転生して高校の部活で触ったのが初めてになるわ」
よく練られた設定だな。
僕の書いた黒歴史ノートにエルフは外界との接触を避け、ハイエルフはほぼ神に近い存在として崇められると書いたれど、自分をそのポジションに据えるとはね。
「ようやくお母様に高校に入ってから弓を習ってもいいと許可が降りたのに、私は人と関わるのは苦手だから部活では浮いていて、顧問や他の人たちも話し掛けづらそうにしているの……」
森姫さんは話しながら声や表情がだんだんと沈んでいく。
長々と聞いたけど、要は箱入り娘だったから弓は初心者で、周りに聞く人もいないということか。
「だったら僕が今度教えてあげるよ」
「え、柚月くん弓できるの?」
森姫さんは顔を上げてこちらに顔を向ける。
「少しだけだけどね」
「だったらお願いしてもいいかしら……?」
「ああ、委員会とバイトがない日で良ければ」
「本当に? ありがとう!」
僕の言葉に森姫さんは華が咲いたような笑顔を見せる。
自分でもなぜ手を貸したのか分からない。これはただの気まぐれだ。
話に一区切りがついたところで森姫さんが顔をきょろきょろとする。
「さっきからどうしたの? 辺りを見回してさ」
「あぁ、話しているのにごめんなさい。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「この公園に前に、捨て猫が居たんだけど最近見なくなって……。もし雨に濡れていたらどうしようかと心配で……」
森姫さんは唇をキュッと結び不安気な顔を浮かべた。
表情が思いのほかころころと変わるんだな、と教室でみる姿とは違う印象を受けた。
「その猫なら今頃、屋根のある家でのびのびと過ごしてるんじゃないかな」
「どうしてそんなことがいえるの?」
「だって僕の家で飼ってるからだよ」
最近、家族になった一匹の黒い猫がごろんごろんと転がっている姿を思い浮かべる。
話している間に雨は止んで雲間から光が差し込んでいた。
「そうだ。今から家に見に来る?」
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