愛する君との婚約破棄は、魔王をさっくり殺すため

アソビのココロ

第1話

 ああ、憂鬱だが仕方ない。

 これも我がカリクチア王国のため、世界の平和のためなのだ。

 私に課せられた試練であり、運命なのだろう。


「ミレナ・ポッツラブキン公爵令嬢。私はそなたを婚約破棄せねばならぬ」


 驚愕で静まり返るパーティー会場だが、一人ミレナだけは冷静だ。

 他に方法がないとはいえ、愛するミレナを婚約破棄せねばならぬとは。

 神は何と残酷な運命を私に背負わせるのか。


「はい、アーサー様。承りました」

「うむ」


 落ち着いているとはいえ、ミレナも涙を溜めている。

 既にミレナには全ての事情を話してある。

 荒唐無稽な話だ。

 しかしミレナは受け入れてくれた。

 愛より優先すべきものがあることを。


「兄上、無粋ではないですかな?」

「うむ、すまなかったな」


 異母弟のデリック、いけ好かないやつだ。

 子供の頃からずっと私に対抗してきた。

 私が王太子になって諦めたかと思えば、今日の満面の笑み。

 事情も知らないくせに。


 いや、気に食わないやつだが、王国の未来はこいつに託すしかない。

 何故なら魔王は『勇者』である私にしか倒せないのだから。


「わたくしは退場いたします」

「うむ」


 婚約破棄した当人である私のエスコートによって会場を去るミレナには、出席者皆が驚いていることがわかる。

 最後なのだ。

 私だってミレナと離れがたい。

 未練と呼ぶなら呼ぶがいい。


 ああ、パーティーは続くのだな。

 私を愚かと蔑むがいい。

 しかし願わくばミレナが傷物などと言われぬよう。

 ミレナが幸せでありますよう。

 それのみを願う。


          ◇


 ――――――――――第二王子デリック視点。


 くははははは!

 笑いが止まらないぜ。

 どうしたことか、異母兄のアーサーがミレナ嬢を公開婚約破棄した。

 理由も説明できないのかと、ポッツラブキン公は当然カンカンだ。

 あれほど温厚な人なのにな。


 実力者である公を宥めるため、アーサーのやつは王太子から降ろされるどころか、断種平民落ちの上放逐された。

 オレに最大の好機がやって来た!


 兄は忌々しいほど出来が良かった。

 宰相の伯父上もオレが王を継ぐことを望んでいただろうが、おくびにも出せなかったくらいだからな。

 その兄が勝手に転げ落ちた。

 理由は不明だが、大方王太子であるというプレッシャーに負けたんじゃないか? との推測が有力だ。


 残念なのはミレナ嬢だ。

 ミレナ嬢をオレの婚約者にすれば、ポッツラブキン公爵家の後ろ盾を期待できた。

 あの美貌だし、兄を嫉妬したものだが、惜しくもオレのものにはならなかった。

 修道院入りしてしまったからだ。


 兄はどうしてミレナ嬢を婚約破棄したんだろうな?

 きっとバカだからだろう。

 ポッツラブキン公爵家をバックにつけることはできなかったが、バカ兄が消えたことでオレのライバルは正妃の子である二人の異母弟だけだ。

 オレは側妃の子だが、辣腕を振るう宰相の伯父上がいる。

 年齢的にオレが王太子にかなり近いポジションにいることは間違いない。


 兄は脱落した。

 弟どもを始末すればオレの勝ちだ!

 オレがカリクチアの王になる!


          ◇


 ――――――――――廃王子アーサー視点。


 平民落ち処分を受けたのは予定通り。

 というか私は平民になるしかなかった。

 魔物退治の実績を積むには冒険者が一番であるし、王子のまま冒険者になることは不可能であろうから。


 アーサーなんてのはよくある名だ。

 冒険者ギルドに登録する際、鑑定の魔道具を使用するので、本名を偽ることはできない。

 もっとも姓は剥奪されていたので、玉なし王子と同一人物であるとはバレていないが。


 堕ちた王子と囃されるのが嫌なわけではない。

 単に時間のムダを避けたいだけだ。

 そう、私には時間がない。


「アーサー」

「ああ、ジェイコブか」


 ジェイコブは元近衛兵だから私の顔を知っている。

 出身地近くの魔物が増えたということで近衛兵を辞し、冒険者をしている者だ。

 私の身の上に同情してくれて、元王子というのを隠しながら何くれとなく世話を焼いてくれるので助かっている。


 ……もっとも私の本当の目的は話していない。

 誰が信じるんだ。

 魔王の復活が間近で、『勇者』である私しか倒せないなんて。


「オーク退治の依頼が出てるんだ。一緒に行かないか?」

「もちろん付き合おう」

「助かるぜ。回復魔法を使えるやつがいるのといないのとでは安心度が違うからな」


 そう、私は希少な回復魔法の使い手でもある。

 『勇者』であることを告げられた夜から使えるようになった。


 ――――――――――


「私が『勇者』だと?」

「そーだよ。もう自覚できてるでしょ?」

「……ああ」


 二ヶ月ほど前の夜中、私の寝室に突然現れた、神の使いを名乗る子供は言った。

 私は神から『勇者』の加護を賜ったのだと。

 そして魔王の出現が間もなくであると。


「私に魔王を倒せという、神の命令なのか?」

「いや、神様は自分の僕でもない者に命令はしないよ。でもこのままでは世界がメチャクチャになることは避けられない」

「魔王は『勇者』にしか倒せないのか?」

「絶対に倒せないってわけじゃないけど、かなり難しいと思うよ。『勇者』は魔王の存在を感知できるし、成長度合いがハンパないんだ。魔王を倒すなら『勇者』であるのが合理的」


 当時は悩んだが今になってわかる。

 『勇者』は魔物を倒すと経験値が得られ、その経験値が能力値に変換されるので、魔物を倒す経験を積めば積むほど強くなるのだ。

 成長が実感できるほどに。

 確かに魔王を倒すのは『勇者』と、古来から言われてきた理由は理解した。

 しかし……。


「何故、私なんだ?」

「は?」

「何故、私が『勇者』なんだと聞いている」

「君は優秀でしかも王子だから、融通が利きやすいんじゃないかという神様の判断だったよ?」


 私は理不尽だと思ったが、神には神の理屈があったんだな。

 理解はした。

 神では下界のことはわからない。


「私は王太子なんだ」

「うん、知ってるよ」

「私が『勇者』であり魔王を倒さなければならないということを、周囲に説明することができると思うか?」

「えっ?」


 目をパチクリさせる神の使い。


「魔王が現れるという証拠を、私は提示できないだろう?」

「状況証拠はあるけど、それが魔王のせいだという根拠はないね。だって『勇者』しか魔王の存在はわからないんだから。それこそ魔王の軍勢が暴れ出してからじゃないと」

「私がおかしなことを言いだした。疲れているんだろうから休養させろ。逃げ出そうとしても捕まる。私が何もできず、強制的に休まされている間にも魔王出現の時間は刻々と迫る」

「……」


 少し理解できたのか、神の使いの顔色が悪くなる。


「魔王の被害が拡大し、誰の目にも魔王の出現が明らかになって初めて、私の言っていたことが正しかったと皆が理解するだろう。魔王と対決できるのは、その段階に至るまで何もさせてもらえず、レベルの足りない私だけ。私が戦死して万事休すという展開になってしまうのがオチだ。神は理解しているか?」

「……わかってないと思う」


 やはり。

 王太子という身分は重い。

 理由もなく迂闊に動けないのだ。


 フリーで動くことができる、既に実力のある戦士か冒険者に授けるべき加護だったんじゃないか?

 弁解する神の使い。


「い、いや、アーサー君が必ずしも魔王に立ち向かわなきゃいけないというわけではないんだよ。行動は君の自由であるからして」

「何もしないという選択肢があるのか? 仮に私が行動を起こさなかった場合、世界はどうなる?」

「……現在ある国の三分の二は滅びると思う」

「新たに誰かに『勇者』の加護を与えたり、あるいは私の加護を他人に付け替えたりすることは可能か?」

「……できない」

「『勇者』以外の対魔王に有効な加護は?」

「……ほ、補助的なものしか……」


 世界を見殺しにすることなんてできない。

 はあ、結局私が出るしかないのか。


「試みに問うが、神はどんな筋書きを考えていたんだろう?」

「君に『勇者』の加護を与えれば、王家伝来の聖剣やマジックアイテムがあるから、魔王退治が楽になると思ってた」

「なるほど」


 そういう観点だったか。

 しかし私は宝物庫のカギのありかなんか知らない。

 父陛下を説得できれば……。

 いや、私ではムリでも、神が父を納得させることができるなら、あとは私の実力次第だな。


「神の力で父に状況を説明し、了承させることはできるか?」

「いや、あの、神様から下界への干渉って、すごく制限されてるの。加護を与えた人間へ使いを寄越すことしかできないルールで……」

「これもダメか」


 八方塞がりだ。

 どう考えても説得はムリだ。

 ならば……。


「わかった」

「ど、どうするの?」

「私が平民落ちになるような何かをやらかす。追放後に行動制限はないから、冒険者となってレベル上げ。しかる後魔王を倒す。これしかあるまい」

「だ、ダメだよそんなの。神様も望んでないと思うし。神様に何か知恵を出してもらうよ」

「御使い殿はもう一度私の元に来られるのか? 下界への干渉は最小限なんじゃないのか?」

「あ……」


 いや、私にとってはうまくない事態だが、人類全体にとってはそうじゃない。

 魔王を倒しうる『勇者』の加護を得られたからだ。


 婚約者のミレナにだけは全てを話した。

 ミレナは悲しそうに、御武運を、と言った。

 信じてくれたのだと思う。


 私がいなくなればミレナは弟デリックの妃となり、国を治めることになるか。

 デリックは愚かだが、ミレナがいれば何とかなるだろう。

 せめてミレナの幸せを祈る。


 ――――――――――


「オークはゴブリンやオオガエルとはわけが違うぜ」


 ジェイコブの声で我に返る。

 そうだ、今の私にできることは、来るべき日に備えてなるべく経験値を稼ぐこと。

 魔王を倒す力を身につけること。


「強いのか?」

「まあな。しかしアーサーは強さが欲しいんだろう?」


 小声になるジェイコブ。


「……『勇者』さんよ」

「……気付いていたのか?」

「……鎌をかけただけだ。不可解な婚約破棄。迷わず冒険者を選んだこと。バカに早い上達速度。王家のことなど一言も口にせず力を求める姿勢。全てが一方向を指している」


 思わず苦笑いだ。

 ジェイコブは鋭いな。

 まあ伝承上の『勇者』の姿勢と共通点が多かったからかもしれない。


「……魔王の出現が近いのか?」

「……そうだ」

「……チッ、だから魔物の発生率が高いのかよ。魔王のせいで活性化していやがるんだな?」

「……そこまではわからんが」


 十分にあり得ることだ。

 他にも何かしらの予兆を感じ取っている者はいるかもしれない。

 魔王と結びつけて考えている者はいないだろうが。


「よくわかった。全面的に協力する」

「今までも全面的に協力してくれてくれてたじゃないか。まさか……」


 魔王への旅路についてくるなんて言わないだろうな?


「魔王戦で足手まといになるだろうことはわかってる。だが必要なのは戦闘力だけじゃないからな」


 ニッと笑うジェイコブ。

 頷かざるを得ない。

 坊ちゃん育ちの私に生活力はない。

 ジェイコブが力を貸してくれるなら、これほど心強いことはないが。


「地道に行こうぜ。オーク肉は割と美味いんだ」


          ◇


 ――――――――――修道院にて。ミレナ視点。


「アーサー様が念願を達成できますように」


 アーサー様は『勇者』の加護を得た、魔王の出現が迫っているのだと仰いました。

 だからわたくしを婚約破棄せねばならないのだと。

 目の前が真っ暗になりました。


 思わず何故、と聞いてしまいました。

 アーサー様が『勇者』の加護持ちであることも魔王の出現が迫っていることも、証明できないからだと。

 時間をロスすると魔王による被害が大きくなってしまう。

 速やかに平民落ちして冒険者になることが、人類のための最善の選択なのだと。


 ああ、わかります。

 でも断種されて平民落ちなんて。

 世界を救わんとするアーサー様に対して、何と残酷な仕打ちでありましょうか。


 わたくしは一人祈ります。

 無力なわたくしには祈ることしかできません。

 修道院でもそれなりにやることはあるのですが、アーサー様の婚約者だった時の目の回るような忙しさからは解放されました。

 月を見て思います。

 アーサー様は今頃何をしていらっしゃるでしょうか?


「ねえ、ちょっといいかな?」


 えっ、男の子の声?

 どうして?

 ここはわたくしの部屋ですよ?


 あっ、フワフワ浮いていますね。

 魔法? 超自然の存在?

 困ったような顔をしていますね。


「ごめんなさい」

「あのう……あなたは?」

「ぼくは神様の使いなんだ。神様が悪いんであってぼくの責任じゃないんだけど、謝っといてくれと言われたから」

「どういうことでしょうか?」


 御使い様が説明してくれます。

 やはり魔王が現れて世界に混乱と破滅をもたらさんとするのは本当。

 神様はアーサー様に良かれと思って『勇者』の加護を授けたけれども、それは下界の事情を十分に承知しているわけではなかった……。


「……というわけなんだ」

「アーサー様の仰っていたことは事実なのですか」

「うん、だからアーサー君は君を婚約破棄するという事件を起こし、目論見通り平民落ちして、魔王を倒すためにレベルを上げている真っ最中なんだ」

「……アーサー様の仰っていた通りです。それが最善なのですね?」

「事情を聞いた神様がデータを再検討してシミュレーションしてみたけど、魔王を倒し世界に平和をもたらすことに関しては最適解だって言ってた。『勇者』の始動が遅れると、魔王を倒せてもかなり被害が広がった後になっちゃうんだって」


 ああ、アーサー様は目的のために我が身を顧みず、最短の道を進んでいらっしゃる。

 何と尊いことでしょう。


「神様は人選を間違えたと後悔しているんだ。仮に魔王を倒せても、アーサー君に何の利もないって。こんなことでは神界に対する下界の者の信仰心が薄れてしまうと。神様の私情も入ってるけど」

「神様側の事情もあるのですね」


 思わず納得してしまいました。


「ただアーサー君と、それから婚約破棄された君に同情的なのも紛れもなく本当なんだ。でも神様にもややこしいルールがあって、やり直しは許されていなくて」

「お可哀そうなアーサー様……」

「下界への干渉も最小限と定められているから、やれることは少ないんだ」


 つまり神様は、アーサー様を支援することもできないのですか。


「神様のできることとは何なのでしょうか?」

「使いであるぼくを派遣して、加護を与えることだけ」

「……御使い様が今日わたくしの元へいらっしゃったのは?」

「君に『聖女』の加護を授けようか、ってことなんだ」


 『聖女』?

 『勇者』と対になる『聖女』ですか?

 わあ、心が躍りますね。

 アーサー様のお手伝いができるのでしょうか?


「『聖女』の加護は決定力こそないものの、回復系では最強の術を使える他、祝福はオールマイティーな支援だし、浄化は魔王の力を弱めるよ」

「ではわたくしはアーサー様の力になれるのですね?」

「え? うん、まあそうなんだけど……」


 何かまずいことでも?


「公爵令嬢の君に魔王城への旅路はきついんじゃないかと」

「アーサー様だって王子ではないですか」

「いや、神様も後になってから、王子には厳しい試練かなあと思ったみたいで」


 ええ? いい加減ですのね?


「で、やっぱり君もアーサー君に同行して魔王を倒すの?」

「当たり前ではありませんか」

「このまま『聖女』の加護を発現した修道女として、王都を守り王都民に尽くすという手もあるけど」

「わたくしの魂はアーサー様とともにありますから」

「じゃ、一つヒントね。『聖女』は『勇者』と同じで、魔物を倒した経験が自らの力になるんだ」

「そうなのですね?」

「ある程度経験を積むと、勇者は『大袋』、聖女は『豊穣の家』という術を習得するよ。これらの術があると旅路はうんと楽になる」

「わかりました。ありがとうございます」

「『大袋』についてはアーサー君に話すの忘れちゃったんだ」

「了解です。伝えておきますね」


 頷く御使い様。

 わたくしにもやれることができました!


「もう一つサービスとして教えてあげる」

「何でしょうか?」

「君がアーサー君とともに最善を尽くすと、君達にとって最高のエンディングがあり得るんだって。そう神様が言ってたよ」

「最高のエンディング……わかりました。努力いたします」

「うん、君達のサクセスを祈っているよ。アデュー」


 御使い様は帰って行きました。

 これでわたくしは『聖女』なのですね?

 実感が湧きません。

 経験が足りないからかもしれませんね。


 あっ、でも『勇者』アーサー様のいる場所がわかる!

 明日には修道院に挨拶してお暇しましょう。

 わたくしも冒険者に!


          ◇


 ――――――――――第二王子デリック視点。


「デリック殿下」

「おお、伯父上ではないか」


 宰相である伯父上が現れた。

 まあ用件はわかっている。


「このたびは災難でしたな」

「ああ。まことに痛ましい事故だった」


 避暑に出かけた正妃殿下とその王子王女が、落石事故に遭って亡くなられたとの連絡が入ったのだ。

 予定通りとも言う。


「葬儀がしめやかに行われます。身を慎んでくだされ」

「もちろんだ。……あと一人だな」


 オレが次期王位に就くのに、もう一人ライバルとなり得る異母弟ヨナタンがいる。

 ヨナタンは第二側妃の子、かつ病気がちだから問題ないと思いたい。

 が、念のため始末しておくべきか?

 いや、いくら何でもオレが疑われてしまうか。


「王妃様らの死因に疑問を抱いているものもいます。焦って動いてはなりませぬぞ」

「わかっている」


 伯父上も心配性なことだ。

 ……待てよ?

 王位継承権保持者がオレだけになったところで、オレの罪を糾弾する。

 すると伯父上を王とする新王朝というのもあり得なくはないわけか。

 ハハッ、念のためオレの所業を知ってるやつは消しておくか。

 

「オレに抜かりはないわ!」


          ◇


 ――――――――――三ヶ月後。ジェイコブ視点。


 ミレナ嬢が合流した時は頭を抱えた。

 完全に足手まといだったから。


 ……アーサー殿下は時間を気にしていた。

 多分『勇者』の能力で、魔王がいつ出現するかの大まかなところを把握しているからだろう。

 被害が大きくなる前に魔王を倒したいに違いないが。


 しかし三日もすると考えを改めざるを得なかった。

 ミレナ嬢はすぐに魔物を寄せたり遠ざけたりすることができるようになった。

 また邪気を払い魔物を弱らせることも。

 つまり魔物を寄せ、弱らせ倒すことが、ほぼ自動でできるようになったのだ。

 何これ? 『聖女』の加護ってデタラメ。


 加速度的に『勇者』と『聖女』の経験値が溜まっていく。

 魔物を狩り尽くして冒険者の生活が成り立たなくなるのを心配したくらい。

 いや、魔王復活が間近なせいからか、魔物もやたらと増えてるから大丈夫なんだけど。

 魔王と『勇者』が切磋琢磨するってことなのかなあと、変なことを思った。


「わたくし、『豊穣の家』という術を習得いたしました」


 ミレナ嬢が嬉しそう。

 要するに魔物除け機能付きの屋敷を持ち歩いてるようなスキルだ。

 山の中だろうが快適に宿泊できる。


 少し前にはアーサー殿下が『大袋』の術を使えるようになった。

 これは収納魔法の類だ。

 ただ容量無制限で時間まで止められるから、中に入れたものが腐らないというオマケ付き。

 『勇者』と『聖女』の加護ってどうなっているんだろう?


 ミレナ嬢が合流した時点で、アーサー殿下は俺にも経緯を全て話してくれた。

 魔王を倒すために全てを擲ってきたのだと。

 悲壮な覚悟だと感動した。

 俺が協力せねばとの思いを新たにした。


 ……しかし、今になって思う。

 俺、必要?

 『豊穣の家』と『大袋』があれば旅路も楽々のような?

 却って『勇者』と『聖女』のロマンスを邪魔してない?

 場違い感半端ないわ。


「ジェイコブ、頼りにしているぞ」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 まあ、二人に嫌がられてないなら。

 道案内や道中のノウハウなら、俺の経験が役に立つこともあるだろうし。


 しかしミレナ嬢のおかげで成長が早い。

 アーサー殿下の想定を遥かに超えているようだ。

 この分なら魔王に苦戦すらしないんじゃないの?

 とうとうアーサー殿下が魔王の位置を感知する事に成功したらしい。


「復活前に潰してしまおう。被害をゼロにできる」

「素晴らしいですわ!」


 復活する前の魔力だか邪気だかを辿れるのか。

 楽勝ムードになってきたぞ?


「明日出発だ」


          ◇


 ――――――――――隣国トゥラッカの国境にて。トゥラッカの魔道卿タキトゥス視点。


 カリクチアの元王太子アーサー殿が国境の町に現れた。

 アーサー殿は数ヶ月前王太子を廃され、庶民に落とされたという。

 何でも公爵令嬢を勝手に婚約破棄して、その責任を取ったとも言われている。

 が、経緯には不明な点も多いのだ。


 我が国を訪れたのは亡命か?

 しかし国境で提示した身分証明書が冒険者のものだという。

 庶民落ちが本当ならわからなくはないが、何故元王太子だと名乗らない?

 たまたまアーサー殿を見知ってるものがいなかったら、スルーだった。


 まさか廃太子がスパイなどということはないだろうが、事情を知るためにわしが現地に派遣された。


「おお、タキトゥス殿、しばらくだった」

「いえ、アーサー殿こそ」


 うむ、紛れもなくアーサー殿だ。

 真実を知る魔道具を作動させる。


「して、どうした理由で我が国に」

「うむ、タキトゥス殿には知っておいてもらった方がよかろう。内密に頼む」

「心得ました」


 魔王の復活?

 『勇者』と『聖女』の加護?

 信じてもらえそうにないので、自ら庶民落ちして魔王退治に向かう?

 御伽話でももっと設定を練るだろうという説明だ。

 しかし真実を知る魔道具が本当だと告げている!


「タキトゥス殿なら魔王の復活と言われれば、思い当たることがあると思うが」

「……確かに」


 魔道技術の優れた我がトゥラッカ王国にして原因のわからない、不穏な邪気が薄く広がっていることは知られていた。

 加えて魔物の活性がやけに高い。

 それらが魔王復活の前兆だとしたら?


「『勇者』の加護が出現前の魔王のコアの位置を突き止めたのだ。貴国に迷惑をかけるつもりはない。見逃してくれぬか」

「つまり魔王は我が国に?」

「ああ」


 これも真実か。

 何ということ!

 いや、しかしアーサー殿には気負いも高ぶりも感じられない。

 それはそうだ。

 アーサー殿は誕生前の魔王の弱き波動を感じ取れるほど、実力を身につけた『勇者』だからだ。

 しかも『聖女』もいる。

 おそらく負けることなどあり得ない。


「……二つほど条件があります」

「何だろう?」

「この件、陛下にだけは報告させてください。アーサー殿の首尾がわかるまで陛下以外には伏せておきますので」

「うむ、もちろんだ。陛下によしなに伝えてくれ。して、もう一つの条件は?」

「魔王を滅ぼした暁には、その事実を全国民に公表します。祝勝パーティーは我が国で行わせてくだされ」


          ◇


 ――――――――――第二王子デリック視点。


 何故だ?

 何故今頃バカ兄の名が出てくる?


 隣国トゥラッカから急使が来た。

 バカ兄が『聖女』とともに魔王、正確には半年後くらいに出現して魔王となるべきだった存在を撃ち滅ぼしたとのこと。

 我が国カリクチアでも観測された、一〇日前の気味の悪い唸りと邪気。

 あれが魔王の断末魔の余波だったらしい。

 カリクチアの宮廷魔道士達も認めていた。


 ……最近オレの評判が落ちている。

 専横だと、傲慢だと。

 オレは立太子間際の王子だぞ!

 当たり前ではないか!


 しかしまずい。

 英雄となり、トゥラッカをバックにつけたバカ兄に帰還されては、オレが次期王になれなくなってしまうではないか。

 いや、父陛下を弑してすぐにオレが王位に就き、国境を閉鎖すればいいのだ。

 ハハッ、簡単なことではないか。

 あんな玉なし野郎にオレが負けるか!


          ◇


 ――――――――――英雄アーサー視点。


 おかしなことになっている。

 トゥラッカから帰国したら宰相殿は亡くなっているし、弟デリックは幽閉されているという。

 何でもデリックが我が母や弟妹達、宰相殿を殺したのだという。

 何故?

 特に宰相殿はデリックの後ろ盾ではないか。


「こたび陛下の暗殺を企てましたので逮捕となりました」

「ええ? 何もしなきゃ王太子だったろう? バカなのか? デリックは」

「失礼ながら申し上げます。アーサー様もミレナ嬢を婚約破棄した時同じことを言われてましたよ」


 思わず苦笑する。

 デリックにも理解されない理由があったのか?


「アーサー様とミレナ嬢が仲良く連れ添って御帰還なされたことに、皆が驚いていると思います」

「ハハッ、ミレナには迷惑をかけた。もう一生離さぬ」

「デリック様は、王になってアーサー様を領内に入れなくするって仰ったらしいです」

「単なるバカだったか」


 単なるバカではなかった。

 殺人狂だ。

 あんなやつが王になったらえらいことになる。

 今の段階でわかってよかった。


「陛下も気落ちしてしまわれまして、アーサー様の帰国を今か今かと待ち望んでいらしたのです」

「いや、私は既に姓も持たない平民だ。市井で生きてゆくつもりだった」

「英雄様ですよ? のんびりした生活なんか許されませんよ。それにしてもアーサー様が断種さえされていなければ……」

「ああ、『聖女』ミレナのおかげで、生殖機能については問題ないぞ。規格外の回復魔法をかけてもらったから」

「えっ? あっ! 重大案件です! 陛下に報告申し上げないと!」


 伝令兵がすっ飛んで行ってしまった。

 これどうやら私が再び王太子ということになりそうだな。

 カリクチア王国に栄光あれ。

 ミレナと顔を見合わせ、ニコッという笑顔をもらった。


          ◇


 ――――――――――後日談。ジェイコブ視点。


 大方の予想通り、アーサー殿下は王太子に復帰した。

 殿下の婚約破棄から魔王退治のくだりは広く国民に膾炙され、殿下は圧倒的な人気を誇っている。

 陛下は来年には隠居され、アーサー殿下に王位を譲るつもりらしい。


 残った最後の弟君ヨナタン殿下は、邪気に対して過敏な体質であったらしい。

 病弱とされていたが、魔王がいなくなり、さらに『聖女』ミレナ様の助力もあって健康になられた。

 魔王を倒して邪気を払ったアーサー殿下と、治療に当たったミレナ様を大変に尊敬していると聞く。

 将来はアーサー王の腹心としての働きを期待されている。


 デリック様がどうなったかだって?

 処刑された。

 ギロチンで刎ねられて転がった首がアーサー殿下を睨んだという噂が、まことしやかに広まっている。

 他に言うべきことはない。


 俺か?

 魔王退治にただついて行っただけなのに、えらく厚遇されている。

 跡継ぎがいない子爵家の養子になり、さらに加増昇爵されて伯爵家となった。

 魔王退治の英雄の一人が子になり、領地も増えたとして、家中で大歓迎されている。

 英雄なんてむず痒くて仕方ないんだが。


 アーサー殿下とミレナ様か?

 べったりで見てられないわ。

 元々愛し合う間柄で。

 苦難を乗り越え、旅をともにした二人だから当然といえば当然だが。

 仲が良過ぎる。


 とはいえ婚約破棄したのは事実なので、アーサー殿下はミレナ様の父君ポッツラブキン公の元に挨拶に行った。

 平民式の、『お嬢さんを私にください』というやつをやったらしい。

 大笑いして許してもらったそうな。

 それから酒盛りになったのだが、どうやら『勇者』の加護は酒の面でも勇者らしい。

 これ、豆な?


 アーサー殿下とミレナ様はいつも一緒だ。

 『勇者』の隣は『聖女』が似合うと、国民にもてはやされている。

 ただ歴史上、『勇者』と『聖女』が同時に出現したことはないと言われている。

 人類が経験したことのない、繁栄と幸福の時代が始まろうとしているのだ。

 我らが『勇者』と『聖女』によって。

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