週末、世界を滅ぼしますか?
べっ紅飴
第1話
妙な女だとは思っていたんだ。
小学生の頃から気がつけば俺の隣に"そいつ"は居た。
男友達と遊ぶときにもついてきて、かと言って一緒に遊ぶわけでもない。
ただ俺の隣に付き纏うようにして立っているだけ。
幽霊というわけでもない。ちゃんと話せるし、触ることだってできる。俺以外にだってちゃんと見えているのだから俺の妄想の中の非実在性少女というわけでもない。
夜になるまで側にいて、朝になったら迎えに来る。
俺が家で家族と過ごすとき以外は片時も離れずに"そこ"に居る。
常に無表情であるため、全く愛嬌がないということを除けば下手な妻よりも妻らしいようにも思えるが、俺達は結婚しているわけでもなければ、将来を誓いあったわけでもない。
それに、俺のことが好きなのかと聞いてもそいつはわからないと答えるだけ。
そいつはただ "そこ" にいるだけだ。
俺の言うことは大抵聞くのに、俺のそばを離れるような指示は全く聞こうとしない。
男子たるもの一人で居たい時間もあるのだ。
しかし、無理やり言うことを聞かせようにもこの女、絡んできた不良を3人まとめて5秒もかからずにコンクリートに接吻させるという所業を呼吸一つ乱さずにこなすほどの腕前だ。見たところそれだって多分1ミリも本気じゃないのが恐ろしい。
力技では無理だと考えて、策を弄して彼女を引き剥がそうと試したことがある。
それが成功したとき、滅多に感情を表さないあの女が、泣きながら激怒の表情で俺を探し回っていたのを見て、彼女をどうこうしようという意欲が失せてしまった。
そして悟った。こいつは多分俺に彼女ができようが、情事の最中だろうが俺の隣にいるだろうと。
しかしながら、慣れというのはやはり怖いものだ。
それだけのことが起きているのにも関わらず、それが幼少期からの当たり前だったことで、俺はそのことを妙な違和感という規模感でしか評価しなかった。
それは妙だと済ませるには明らかすぎるほどに明確で、違和感で片付けるにはおかしと言えるくらいに異常そのものだった。
だが、指摘されようが、俺はそんなものかという呑気な反応しか持たなかった。
そう、あの日が訪れるまで、俺は"そいつ"のことを妙な女としか思っていなかった。
何故笑いもしないのか。なぜ夜になると電話にも出ないのか。そもそも、なぜ俺の傍にあろうとするのか。
その日までは彼女はそういう生態なんだろうと勝手に納得できていた。
だけど違ったんだ。すべては奪われた結果に過ぎなかった。
そのことを知るのは"あの夜"から幾日もの夜が過ぎてからのこと。
"あの夜"までの俺は所詮ただの目撃者に過ぎない。語るべきことなど何もなく、ともすれば、それは路傍の石が自己紹介をするようなものかもしれない。
しかし、始まりなくして物語が語れぬように、俺の、"蓮杖 氷雨"の物語は"あの夜"なくして語られることはない。
ゆえに、しばしの間ご静聴願いたい。
車輪の下でなされるがままに転がっていた路傍の石の退屈な物語を。
_____________________________第一章、"逢魔が時の目撃者"
週末、世界を滅ぼしますか? べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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