36,希望

今回の一件、踏み切ったきっかけは彼女の当然の死であったと、帝都に向かう道中にヨシアから聞かされた。事の内容は、概ね自分が聞いた話と同様であった。


既に連携された情報網のおかげで、こちらに情報が流れるよりも先に帝都へと届いた。最初は自分の策略かと思う程のタイミングであった。


だが彼女が残した遺言書により、全て納得したという。そう自分が異世界から来た事も、彼女が何故3年間日記を隠していたのかも、彼女が何故逸脱した能力なのかも――。


「そうか」


彼女の残した遺言書を渡され、中身を黙読する。そして、はっきりした。


――彼女が神だった訳だ。


馬車から外を眺めていると、晴れなのに雨が降り出した。その時、あの日の事を思い出す。



妹の命の為、手術が行われたあの日。


麻酔により気を失った筈なのに、周囲から慌てた声が脳内に響いた。しかしそれも、数分も経たずに音は消え、静寂な時間が訪れた。


恐らく、その時に自分は亡くなったのだろう。そのまま闇の中を永遠と彷徨う筈だった。しかし実際は、昼寝を終えた感覚で目が覚めた。


だが目覚めた場所は現実とは大きく逸脱した場所。白い靄が足元を覆い、途方もない水平線が四方に広がった空間。そして、上を見上げると晴れているのに雨が降っていた。


その非現実的な場所と、少し前の出来事から自身が死んだのだとすぐに理解した。それでも、天国や地獄というモノを信じていない自分にとって、この状況に戸惑う。


そんな時、「ククククク」という笑い声が背後から聞こえる。振り返るとそこには1人の少女が立っていた。


「やあ」と馴れ馴れしく近寄ってくる彼女に、警戒する自分は後退する。


「そんなに警戒しないで――と言いたいが、それは無理な状況か」


そう言って、彼女は自身が神であることと、この場所が「生死の狭間はざま」という部屋だと説明される。


「部屋?こんなに広いのに?」


「人間は自身の物差しでしか判断を下せない生き物だからね。言葉に不釣り合いなだけで、そこに執着するのは、君の周囲と一緒だよ」


その言葉から人間を見下している事と、自身の奥底に蠢く感情から、この人は神であると思った。いや、ただ単に自分が信じたかっただけなのかもしれない。


「自分が特別だと思った事はありませんよ。その連中と自分は一緒でしかない。ただ、やられた側に自分がなっただけです」


「じゃあ君は状況によって、やった側になっていたの?」


「いいえ、そこまで他人に興味がないので」


「興味ね、文明の最大的なメリットは『他人に対する興味』だったのだけど優秀な人間であればある程、他人への興味が薄れていく。順番を間違えたかな」


「過去(情報)に固執するあまり、現在(人)に対しての確執が生まれ、未来(将来)に対する希望が失われる。という意味ですか?」


嬉しそうに神は微笑んで頷いた。


「これ以上の発展には、公開された情報社会でないと天井が見えてしまう。だけど、その性で知る知らない。持っている持ってない。の争いを助長してしまった。


自身の役割、自身の目的、自身の価値。本来必要なものと、後回しにしていいもの。その判断する為の思考が上手くいかなかったようだ」


「仮にそうなったとしても、状況はそこまで変わりません。人間という種族が発展する事を優先されるなら、何かしらの犠牲はつきものです」


「皆が君のようになれば、もう少し住みやすい世界だったかもね」


「やめて下さい。そうなったら自身の価値がなくなる」


再び笑みを浮かべた神様は、自分を此処に連れて来た訳をようやく話し出す。


それは今から1500年前。その時代、日本というモノが確立する前のこと、二つの勢力が覇権争いを行った。


その結果、負けた片方を神は気まぐれで助けたという。助けたといっても実験だった。その内容は敗れた勢力を一つの世界に押し込んだ場合、どのような世界になるのか。というもの。


正に神の遊びのような恐ろしい実験だった。「弥生やよい」というその一団を他の時代や国の「敗者」の世界に追加したという。


実験の結果は神曰く、つまらないモノだったという。そもそも敗者には、敗者である理由が存在する。固執、傲慢、尊厳という集合体によって、滅亡の一途を辿っているとの事だった。


「そんな結果、最初から分かっていたのでは?」


死んだ立場だからこそ、神に対して恐れずに言ってみた。すると神は「ククククク」と笑う。


「君は失敗を恐れるたちかい?」


「しないに越したことないはないですが」


「ボクは失敗という経験に意味があると思っている。それは改善と成長を続けた結果だ。それは勝者だけでなく、敗者にも平等に与えられる経験だ。しかし、敗者は死によって改善できない」


「だから、そのチャンスを与えた?」


神は頷く。


「では、自分にもチャンスをと?」


「少しだけ違う」


そう言って、神は指を鳴らす。すると、そこには二つの球体が現れた。


「左は君のいた地球。右は先程言った敗者の星だ。今現在、君の星ではとある変革が待ち受けている」


「変革?」


「今、具体的に言っても信じられないような内容だ。だから君にはボクと賭けをしてもらう」


「えっと、賭けをすればそれを信じられるものですか?」


「君次第ではあるが、そういう事になる」


神は賭けの内容を説明する。


現在、敗者の国には二つの国が存在する。その国を一つにすること。その為に必要な情報と、戦略はここでいくら考えても構わない。


但し、チャンスは一度のみ。


失敗すればボクの勝ち。成功すれば君の勝ち。


「それとこれは君にあげよう」


神は右側の星を自分に差し出した。


「これは念ずる事で、シミュレーションを何度でも繰り返す事ができる魔法の道具だ。取り敢えず、今の君ならどうなるか試してみるといい」


言われるがまま、自分は何も考えずに始めてみた。結果は言うまでもない。ただの医学生では何もできずに死んでしまった。


それから何度も何度も模索した。いつ、どこで、誰が、何を、どのように――。失敗を繰り返すうちに、1つの変化に遭遇した。今まで、敵対していた1人がこちらに協力してくれた。


――その人物の名前はイリス・ケルト。


悪質な父と伯父からこちらに寝返ってくれた。何故そうしてくれたのか、その時には分からなかった。以降、オリヴィア、ヴォルト、エヴァという人物が加勢してくれるようになる。


そのきっかけは、こちらの戦略でも戦力でもなく。意外にも、自分の奥底にしまい込んだ「理想」を説いた時だった。


自分の理想とは「道徳モラル」だった。


それまで圧倒的な知略や、技術を提示したとて相手は恐れるだけ、そう「結果」だけでは誰も味方になってくれない。そこに「過程」という名の「理由」を説明する事にした。


するとどうだろう、個人差があるにしろ、こちらの意図を理解し、賛同してくれるように変化していった。その行動は相手を対等にみること、それは相手を「思いやる」こととも言える。


以降、十回に一度は成功するものの、それでも練度は低い。何故ならチャンスは一度のみ、だから失敗は許されない。


頭を抱えている自分に、神は突然こう言った。


「仕方がない、君に少しだけ力を貸そう」



少し?少しなんてものじゃない。メイ・カーミスは今回の一件で自分の計画を遂行した立役者とも言っていい存在だ。そもそも何故、神は賭けを手助けした?


この本番で自分は勝ち、神は負けた。


いや、もしかして賭けは建前で、別の意図があった。そして、この状況下は神の都合のいい方向へと進んでいる?だとすれば、それは――。


「そう言えば、そろそろアンタの名前を教えろよ。もうアルヴィスとは言えない訳だし」


ヨシアの言葉に「確かに」と言い。自分の名前を告げた。


「ノゾム、久遠くおん のぞむ



かつて、ミセリア歴という時代があった。


その時代の最盛期と言われるのが第三戦記の後期。女帝アリスの台頭がきっかけに大陸で初の治世が訪れた。それを支えたのは、イリス、ヴォルト、エヴァ、オリヴィア、ユリウス、ヨシア。

計6名の忠臣だった。


だが、本来であればこの6名の他に、もう1人存在した。しかし、その者は奇怪の行動の数々の他「ワイズマン裏切り者」と揶揄やゆされた為、歴史書からは除外された。


しかし、昨今の研究により、ワイズマンという存在は真逆の存在である可能性が高いとされている。その1つの資料としてとある書物が発見された。その書物の名は――。


「“真実”に惑わされるな、“事実”を見定めよ」である。

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第三戦記のワイズマン 笹丸一騎 @Sasamaru0619

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