35,生きるとは
「その証明はできたのか?」
皆の沈黙を破ったのはヨシアだった。
「理想とは程遠いな。何度も何度も考え抜いた筈だったが、結局6割も理想には満たなかった。特に君たちの成長に」
「すまないな、出来の悪い弟子で」とヨシアは薄ら笑いをする。
「いや、出来が悪い訳じゃない。その逆さ」
その場の一同は「え?」と口にした。
「当初の想像を遥かに越え、君たちは優秀だった。メイ先輩との戦いは負けを知ってもらう為、自分抜きでの模擬戦だったが、結果は予測を越えていたよ。
もしかしたら、あの時から焦っていたのかもしれない。本来は卒業後に行う筈だった戦争も前倒した結果。最後の筋書きが甘くなった」
「急なご機嫌取りをされてもな。何か裏でもあるように聞こえてしまう」
「そう思われても別に構わない。ただ、未だに分からない事がある」
自分はイリスに視線を向けた。
「何故、君は実の父を、伯父を、弟たちを殺した相手を好きなままでいられた?」
彼女は無言のまま、俯いた。
「経緯はどうあれ、自分が行った事は血縁関係にとって大罪。アリスのような打算的な人間ならともかく、君のような真っすぐな人間にとって自分が行った所業を許せる訳がない。
それが今回の計画にとって一番の計算外と言える。あの日記を読んだ時点で君の感情は好意から敵意へと変わると思っていた。それなのに――」
「それは私を過大評価し過ぎ。貴方が私をどう見ていたのかは分からないけど、少なくとも良い人間ではない。
伯父の行ないも、父の行ないも――貴族たちの行ない全て、見て見ぬ振りをしていただけ。ただ自分自身だけは他人から良い人間と思われたかった。
そう言う意味では姉さまよりも打算な人間。軍事学校に入学したのも、あの世界から少しでも逃れたかっただけ」
「そうだろうか?」
「え?」
「ただ良い人間を装うのなら、立場の上の人間や、利用価値のある人間だけに良い顔をすればいい。だが君は下の者にも、ジパ族にも態度を変えなかった」
「それは――」
「不器用という言葉で済ますなよ。元来、人の性質は食べ物の好みと一緒でそう変えられる事じゃない。特段嫌いなモノに対する嫌悪感は簡単には拭えない」
「よく見ていてくれたのね、だったら貴方にも分かる筈、好きなモノに対する執着心を――。たとえそれが無関係な弟たちを殺めた相手であっても、血よりも実を取っただけの事」
「本当にそれだけか?」
「何をそんなに疑うの?」
「人を愛する事はあっても、人から愛される事がなかったから」
「妹さんは?」
その言葉で言葉に悩むも「尊敬と愛は別物だ」と返答する。
「確かに尊敬と愛は別化もしてないけど、その行き着く先は、その人の歩み方次第じゃないかしら。私は尊敬という思いを通して、貴方を愛した。
時に冷徹な言葉を言うのは相手の為。時に厳しくするのも相手の為。貴方は考え方を変えようとしたみたいだけど、貴方は最初から今のままだった
ただ都合の悪い事に、周囲の人間が、腐っていただけ」
「はは、言うようになったな」
「貴方の影響です」
イリスは恥ずかしかったのか少し顔を赤らめ咳払いをする。その光景に苦笑するオリヴイアは「そろそろ本題に入りましょう」と言った。
「帝は貴方の行いを許すとのこと。但し、この事を貴族や国民が知れば、多少なりとも角が立つ。悪い教訓となってしまいかねない」
「元々救われない事が前提だった訳だし当然だ。それに最早自分の役割は終えた。許さずに死刑にすればいい」
「いや、それは私たちが許さない」
「私たち?」
「さっきオマエは言ったよね?俺たちが優秀だと――」
ヴォルトは両手に投擲用の短剣を構えた。
「アンタが色々と考えたように、こちらもアンタの行動を熟考したのさ」
ヨシアは自分に向けて弓を引く、その標的は自分の右手の甲。その裏には小さな瓶を会話の最中、忍ばせていた。
「成程、既に自決も考えていたか」
「続きを言わせてもらう」
そう言うとイリスとオリヴィアはそれぞれ左右からこちらに近寄って来る。
「刑とは、犯した者が罰せられる為にある。自らが死を望むのであれば、それは刑とはならない」とイリスが言う。
「であるならば、兄弟子にとっての一番望まない刑を処する。その内容は我々に一任すると帝より受け賜わっている」
「その刑とは――」
――無期懲役。
「悪いがその時が来るまで、私たちの世界に居続けてもらうぞ、兄弟子よ」
イリスは自分の両腕を抑え、オリヴィアは自分が隠し持っていた瓶を取られた。
「確かに自分にとってこれ程までに意地の悪い刑はないな」
自分達のやり取りを終始傍観していた周囲のジパ族の反応から、既に自分に協力する者はいなかった。寧ろ、その後のイリスたちの指示に協力的だった事を鑑みて、かなり以前から緻密な計画が練られていたのだろう。
両陣営は見事な動きで撤退行動へと移行した。自分の腕にはわざわざ自決が出来ないよう、指を動かす事のできない特殊な手錠をさせられ、帝都に向かう馬車へと誘導される。
やはり、ただの医学生ではここまでだったか。「計画」とかっこいい言葉を言いつつ、その中身は自分の「死に方」をどうするかというお粗末なものだった。
しかも会話中、いくらでもその機会はあった筈なのに、結局実行には至らなかった。強がった発言を連発したものの、やはり死は怖い。
――とある人物が言っていた。
『死に際の勇気は勇気ではない。人間として生物としての生を放棄することは、ただの「逃げ」である。意味のある逃げならまだしも、生きる理由を見いだせないとほざく輩がいるが「生き残ること」そのものが生きる理由だというのに――』
高校生の時、学校で行われた講演会。その時登壇された大企業の社長が、そんな事を言っていた。何故か無性にその言葉が脳裏に浮かび、前世でも寸前で思い留まった。いや、留まれた。
今回もあの人のお陰。そう思った方が幾分か、自身を納得させることができる。自分は読み負けた皆の顔を探す。その時、ふと違和感を覚えた。
「メイ先輩はどこだ?彼女の死も偽装だったのだろ?」
監視役として自分の後ろを歩くヨシアに向けての言葉だったが、なかなか返答が返ってこなかった。暫しの沈黙の後、彼の発した言葉は――。
「先輩。いやメイは――」
――本当に亡くなった。
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