34,証明

「どういう事だよ」


それまで沈黙を貫いていたヴォルトが、たまらず口ずさむ。彼だけじゃない、ヨシアも今まで見た事のない驚愕きょうがくした表情を浮かべていた。


「ん、何だ?皆に伝えていなかったのか?」


「正直なところ、最後までこの事を信じたくなかった。だけど実際に会って、それが核心に変わった」


「いや、おかしいだろうが!他人には絶対に死ぬなとか言うオマエが、テメェが死ぬのを計画に入れるのかよ!」


ヴォルトは親の仇を見るかのように、こちらを睨みつける中「もう一つ忘れてないか?」と口を挟んだのは、オリヴィアだった。


「兄弟子は目的を達成する為ならどのような方法を厭わない男でもある」


「だとしても――」


「自らの死を厭わないモノの理由は大きく分けて3つある。1つ目は目的がないと生きる意味がないという馬鹿者。2つ目は死を目前に自身を主人公だか何かと勘違いする愚か者。そして、3つは――」


――死を理解している者。


「死を理解?」


「言葉を言いかえれば、死を何らかの方法で体験した。そう例えば、死を乗り越えて――」


――異世界から来たとか。


「皆にも心当たりがないか?兄弟子の不可解な単語を――」


心当たりがあるのか、皆の顔が曇っていく。


「優秀な妹弟子がいると説明が省けて楽だな」


「その発言、肯定したと判断していいのだな?」


「別に隠す理由もない。それに考えてもみろ、本人以外の人間が『私は異世界から来ました』と発言したとして、それを素直に受け入れるか?」


「確かに」


「いや、だとしてもだ。それと自決することとは関係ないだろ?」


納得出来ていないヴォルトに、自分は仕方なく自身の前世について語りだす。



生前は医者見習いのような事をしていた。「壊血病」を知っていたのもそのせいだ。当時の自分を評価するのは好ましくないが、そこそこ優秀だった。


しかし、周囲の印象はあまり良くなかった。自己中心的だった訳ではない。協調性がなかった訳でもないし、他人を蔑ろにしていた訳でもない。


――ただ、家族である妹を大切にしていただけだった。


歳が離れた妹は、それまで他人に興味がなかった自分にとって大変興味深かった。別に頭が良かった訳でもなく、運動が出来た訳でもない。特段美人だった訳でもない。


ただ無条件に自分を信じ、尊敬してくれていた。


それまでの周囲は自分の機嫌を取るか、羨むか、敵対するか――。どちらにしても、表と裏が一致している人間はいなかった。


だけど、妹は違った。


ただ幼かっただけかもしれなかったが、その時の自分にとってそれは新鮮で、時間が経過するに連れ彼女の存在は特別なモノとなっていた。


その一方、他の人間どもはこの思考そのものを否定した。偶然妹の写真を見た同僚が噂を流した事をきっかけに、周囲からの視線は汚物を見るかのようなモノへと変貌した。


その環境に嫌気が差し仕事を変えようとした矢先、妹が重い病に侵された事が発覚した。あの子を救う為には、特殊な方法でしか助けられなかった。


自分はすぐにその方法を手助けした。その結果、妹は助かったが、自分はそれで亡くなる。正直、亡くなった事に安堵していた自分がいた。


抱いた思いを否定する気はないが、自分が自分であり続ける自信も、自分に向けられた周囲の視線をあの子にだけはバレたくなかった。ただ心残りがある。


――妹のその後が心配だった。


その思いを汲み取ってくれたのか、自分は天国でも地獄でもない「生死の狭間はざま」という部屋に気付いたらいた。何故、その部屋の名前を知ったのかというと、その部屋を案内したのは――。


――“神”と名乗る存在。


それはとてもあやふやな外見だった。自分の目の前に存在する筈なのに、顔は霧のようなもので覆われ、男なのか女なのかすら分からない。唯一分かるのは性格が悪かった事。


何故そう思うのかというと、自分の心残りを見透かされ、とある提案をされたからであり、それは酷く難易度が高い事だったからだ。それは――。


――「異世界で革命を起こせ」との事だった。


革命と言っても国民が政府を打倒する革命ではなく、人類の文化レベルを急速に発展させる革命だった。


神の話によれば、とある異世界では2つの国が不毛な争いを続けている上、どちらも国内で足の引っ張り合いにより、文化レベルの成長の見込みが一切ないとの事。


もし自分が神の要望を叶えたのであれば、別の形ではあるものの、妹のいる元の世界に戻してもらえると確約を得た。


とはいえただの医者見習いが、異世界に革命を起こす事など容易ではない。ただ「生死の狭間」という場所には時間という概念がなかった。


――だから“考えた”。


どうすれば自分の能力だけで神の要望を叶えられるか、いくつものシナリオを脳裏に浮かべては捨て、浮かべては捨てを繰り返す。


その間、その世界の歴史、地理、人物、風習、文化。神からの経由でその異世界の情報を可能な限り聞き出した。


様々な組み合わせを熟考し、その答えは皆も知る“計画”となった。一つの国では見えない悪に老廃物を排除させ、権力を独占しない国を形成する。


もう片方の国は、悪に支配させ、わざと破滅の末路を歩み、二つの国を一つにさせる事により神の願いは達成される。


この計画の重要な点は二つ。一つ目は全ての都合の悪い事を一つの悪が賄ってもらう事。二つ目は私利私欲を良しとせず、合理的な考えを軸とする人物が出現する事。


革命のみならず、何事も強引な方法を取れば反発する保守的な存在が発展を阻害する。これを一世代で済ませるには悪は必須だし、時間的にも都合がよかった。


それだけじゃない。悪の暴走程、その理由に言及する者は少なく、これ程までに自然消滅に適した行動はない。何より自分が異世界から去る事が前提の計画。自分を殺す理由にも丁度いい。


問題は後者だった。


自分が悪である事と、世界の仕組みを考える事は担うとして、その後を引き継ぐ者がいないと意味がなくなる。どのようにして同じ思考の人物を調達するか。


自然に生えてくる訳でもない。「では、どうするか?」と考えた。本当は答えなど一つしかなかったが、それは避けたかった。


他人に不信感しかない自分が、何かを教える?表面でしか物事を捉えず、裏の背景を考えない有象無象の愚か者に?


もしかしたら、この事について一番時間を割いたかもしれない。永遠と頭を抱えている自分だったが、妹の言葉を思い出し覚悟を決めた。


『お兄ちゃんのように、かっこいい大人になりたい!』


かっこいい大人が未だ分からないが、少なくとも初めから諦めてしまうのは、自分が不信感を得た輩と同類になってしまう。


だから考えを改めた。どうすればこちらの意図を理解してもらえるか。どうすれば自分を受け入れてもらえるか。


その結果は過去の自分が妹に言った言葉だった。


『かっこいい大人になるには、努力をおこたらず、常に頑張って、友達に思いやりを持って接する事が出来ればなれるよ』


その時咄嗟に出た言葉だったが、妹の為にも自分自身の為にも――。


――証明してみよう。

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