33,紡いだ果て

「何故生きている?」その言葉が喉まで出かけたが、自分は衝動を抑えつつ深く息を吸う。


いや、もう遅いか。


「いつから知っていた?いや、あのミスの時点で誰でも分かるか」


そう言って自身の影武者に目を向ける。その男はあからさまに目を背けた。イリスは苦笑しつつ、影武者から距離を置き、元の場所まで歩いていく。


「先程オリヴィアが口にした話は、私の推理からなるもの。しかし、それを言えばあの時から貴方には違和感があった」


「あの時?」


「二次試験の最終戦、私は貴方に負けた。その時、貴方の言葉には冷静とは真逆な感情の塊。憎悪ぞうおのようなモノを感じた。それが当時の私には理解できなかった。でも今は、その感情が分かる気がする」


「裏切られたからか?」


「裏切られたというよりも、気付けなかったという言葉の方が私は好きです」


「こっちはその気高さが嫌いだった」


「私と貴方はあの時初めて会った筈。一体いつ?」


「あの日記に書いてある事は一部都合の良いように書いてはあるが、基本的に嘘はない。この国の歴史も、当時の貴族も、勿論君やアリス様の事も調べた。そしてここもかと、自分は絶望した」


「ここも?」


「海の向こう側にある。自分の世界もここと何も変わらない。権力のある人間が全てを支配し、やりたい放題。周囲はその支配者にこびへつらい。


数の暴力で本当に能力がある者や、努力している者を虐げる。生まれた時に全てが決まる?そんな理不尽が嫌だった。いや、納得できなかった」


「いいのですか?今の発言は、貴方が私たちの師である事を認めた事になりますよ」


「既に君が存命だという事でのリアクションで、バレたようなモノ。これ以上違うと言い続けるのは見苦しい」


「では、今までの事を認めるのですね?」


「ああ、全て話そう」



あの日、彼が壊血病だと分かったところまでは、日記の書いた通りだった。しかし、症状は日記に記した状況よりも酷かった。今の医療技術では助かる見込みはなかった。だが問題は――。


――その後からだった。


イヴという女性は自分の事を息子だと誤認し続けた。何度否定しても、彼女は認めない。周囲に彼女の事を相談するも、君が調べた通り彼女は横柄な人物で、弱っていく本当の息子を認めなかった。


馬鹿らしかった。彼女だけじゃない、その態度を容認する周囲の人間にもだ。結局、本物のアルヴィス・ゴードンは三日後に亡くなった。それでもあの女は見て見ない振り。


唯一、彼の埋葬を手伝ってくれたのが彼の叔母であるビオラだけだった。不憫ふびん以外の何物でもない。とはいえ、彼自身も同じ部類だと知った時には、その感情も失せてしまったが――。


それでも彼には感謝した。何者でもない自分に身分を与えてくれた。その感謝の気持ちを込め、日記の中だけでも彼を生かし、彼の母については黙認という形で救った訳だ。


実際には彼女が亡くなるまで、一歩も島の外に出る事ができなかった。彼女いわく、島から出たら呪いで死ぬのだとか――。お陰で思った以上に計画が遅延した訳だ。


ん?この日記を書いたきっかけ?


そもそもの話。この計画の結末は考案した時から考えていた。それは存在すら知らない皆の事も含めてだ。騙す事を前提とした道具として、これ以上に必要不可欠なものはない。


全ては結果を逆算し、過程を1つ1つ紡ぎ合わせた賜物。ただ、イリスに正体を露見した原因があるとすれば、日記の中途半端な嘘と彼を忠実に再現し過ぎた事。


いっそのこと、自分自身よりも優秀な存在にしてしまえば、最後まで騙し続けたのかも。いや、たらればの話を言ったところで意味はない。



自分の話を聞き終えたイリス以外の皆は「そんな事ありえるのか」と驚愕する中、自分はイリスへ質問を投げかける。


「それで?オリヴィアが言った自分の模倣とは何の事かな?」


「貴方が行った事は言葉にすると、意外にも単純な事しか行っていない。それは情報操作による錯乱と虚偽。そして、絶妙な情報の出し方だった。


あの3年前。私たちは学園に来たお姉さまの言葉を信じた。お姉さまは帝都からの手紙を信じた。だけど、その手紙は帝都から届いたという事だったが、差出人は当時分かっていなかった


その時は誰も何も疑う事もなかった。だけど、今回をきっかけに過去を遡った結果。見えていなかった事が見えてきた」


「それは?」


――行軍の速度と周囲の反応。


「当時、貴方に賛同した人間が敵軍の道を用意する事で、被害を出さず帝都まで進軍したと思われていた。それでも姉さまに手紙を届いた時間、姉さまが学園までにかけた時間。


そして、私たちが帝都までにかかった時間を合わせた時。帝都の被害が余りにも違い過ぎた。帝都での被害は貴族たちの大量虐殺のみ。金品も建物の損失も一切なし。


何よりも、周囲の町や村はおろか、帝都に住む住人が敵国に襲われていた事にすら気付いてなかった。それはつまり、私たちが帝都に向かっている時」


――まだ帝都は何も起きていなかった。


「いくら少数だとはいえ、自国の軍でないモノが行軍していれば、噂になる筈。それがなかったという事は、始めから敵軍もいなかったと考えられる」


「だが、あの丘の戦闘はどう説明する?あそこに確かに敵軍の兵士が存在した」


「逆にいえば、あそこにしかいなかったといえる」


「つまりは何か?帝都には軍いなかったとでも?」


「そう軍“は”いなかった。だけど、貴族を敵対する者はいた」


彼女の視線は、周りのジパ族に向けられた。


「筋書きは恐らく、貴方が言った過程を1つ1つ紡ぎ合わせた結果なのでしょう。まずは帝都のあらゆる建物と地理の情報をかき集めた。そこにはあの丘も含まれていた。


次に確保したのは姿のない敵軍の介入。既にないモノの為、確認しようがないものの3年後を見越して相手の内部に潜り込む事で内乱を敵国との戦争へと昇華しょうかさせた


何よりも恐ろしいのは、当事者である私たちに戦争だと思わせた上、当時の誰もがその事に気付く事ができなかった事」


「はは、気付ける筈がないだろ?生き残った者は、こちら側についた連中。唯一それを感知できた者は学園側にしかいなかった」


「では何故はじめから私たちを巻き込まなかったのですか?もしそれが出来たなら――」


「もっと簡単だったと?」


彼女は黙って頷いた。


「自分の家族を殺す計画に賛同するヤツなら一緒に殺していたさ」


「それでも貴方の言葉だったなら――」


「いや、君の姉なら兎も角。3年前の君を説得する事は無理だ。たとえ説得できたとしても意味がない」


「意味?」


「ああ、自分の計画で一番重要な事は、次世代を担う者がこの一件の事実を知らないまま。計画を達成する事だった」


「どういう意味ですか?」


「それよりも先に聞きたい。君はどうやってビオラたちを説得した?」


「気付いていたのですね」


「今までの話と、君が「こちらの模倣をする」と言った。だとするなら、必然と彼女たちジバ族をそっちに寝返らせて、情報系統は乱れ、そちらの思うまま、自分をここに来るよう誘導させた。


まるであの時のように――そこまでは分かる。ただ、ジパ族を説得する為に何を使ったかが分からない。いや、正確に言えばある。だがしかし、それは――」


「貴方の最終計画について知っている」


これはもうバレているか。


彼女の言葉には自信があるように聞こえた。その一方で、悲しみを含んだ声にも――。つまるところ、自分は詰んだ可能性が高い。


「貴方は一つ。大きな読み間違いをしていた」


「はは、説教か?良いだろうそれは何だ?」


「貴方が思っている以上に、私は貴方を尊敬し、私を愛している。それ故に私は貴方の行動と意図。全てを考えたその結果。貴方の最終計画は――」


「「――自分の自決」」

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