32,嘘と真
未だ情勢が不安定の中、強引ではあるものの軍備を整え、現在国境付近にまで行軍を開始した。
すぐにあちらも国境付近に軍を集結させ始める。しかし、オリヴィアの指揮やメイとヴォルト不在によりその軍の動きは遅かった。
とはいえこちらも練度が整っていない。特に情報系統がままならない。原因を追究するにも、あの日以降から一向に改善されていないのは致命的である。
改めて今までの環境が充実していたと実感するも、無い物ねだりをしたところで過去には戻らない。今はともかく相手が動くのを待つしかない。
「伝令!帝国より使者が参りました!」
予想通りだ。
「使者は誰だ?」
「はっ!オリヴィア・カーライルと名乗っておりました」
「わかった通せ」
オリヴィアだけであれば最悪の場合、いかようにでもできる。問題があるとすればその内容が、アリスを見限りこちら側に就きたいと言った時だ。
あの女は昔からプライドの塊みたいな人間だ。メンバーが揃っている以前ならともかく、今のこの状況を良しとは思っていないだろう。
血迷ってこちら側に就くと言いきれない。そうなると今回の計画、いや、計画以降の事を踏まえると俺にとって都合の悪い事となる。最悪の場合は強引に捕まえてしまうか――。
前回の会合の時と同様に、配下を後ろに控えさせて椅子に越しかけ相手を待っていると、本陣の天幕からフードを被った人物が現れた。
なっ!
思わず声が漏れそうになる。
その原因は背後に従えている連れである。左には死刑を宣告された筈のヨシア。右にはエヴァの死で
そして、もう一人顔を仮面で隠した人物が続いて天幕へと入ってきた。
何故伝令は連れの事を話さなかった?いや、俺が聞くべきだったのか?
こちらの考えがまとまらない内に、最初に入ってきた者が口を開く。
「初めまして。――ではないですよね?でも念のため――」
その声は伝令の報告通り、オリヴィアのものだった。
「
「嘗てとはおかしな話だ。まるで弟子を辞めたみたいじゃないか?」
「既に師匠は鬼籍に入った身なれば」
「やはり君は冷たい女性だ」
「それはこちらの台詞です」
「何だと?」
「今回、ここに参りましたのは貴方について――いいえ、貴方の計画を潰しにきました」
「計画を潰す?はて何のことだか」
「別に
予定とは異なる状況ではあるが、今のこの状況で「出ていけ」とは言いにくい。
「いいでしょう、聞くだけ聞きます」
「では早速」そう彼女が言うと、懐から身に覚えのある一冊の本を取り出した。
「結論から言えば、私たちはずっと貴方に騙されていた。貴方との出会いも、貴方との再会も、貴方とのチェスの試合も、貴方の教えも、貴方との学園の出来事も、貴方とのあの戦も――」
「ん?ちょっと待ってくれ、その言い方だと――」
「黙れアルヴィス!――いや、兄弟子よ!」
「っ!」
「そう、元からアルヴィス・ゴードンは2人もいなかった。オマエは元々――」
――1人だったのだ。
◆
最初に異変に気付いたのは、この日記だ。
学園時代、ユリウスと知り合いになった時。ジバ族について調べたが、ジパ族には信ずる宗教はあるにしろ、別段“植物摂取”を禁ずる教えなどなかった筈。
しかしながら、あの時は既にジバ族は国内にいない上、あの日記の記述からすれば若い世代に浸透していない事から確認しようがない。
が、ここでの問題は宗教の問題ではなく、何故ここで“嘘”が“真”のように記載されたかだ。
恐らくその理由は、もう片方の病をはぐらかす為、そう「壊血病」になった経緯を正当化する為だったとすれば――。
何故そのような事をする必要があったのか?
それはアルヴィス・ゴードンとその母であるイヴを――。
――少しでも良き人物とするためだった。
私が何故、再開した兄弟子に対し、あそこまでの嫌悪感を持っていたか。それは兄弟子がろくでもない人間だったからだ。
チェスの実力は確かに才能があったが、それを上回る傍若無人な人物だった。私にはともかく、使用人や島民に対し、暴力を振るうのを何度も目撃した。
その原因となったのが、その母親であるイヴだった。周りには異人しかいない環境は心中察するが、それを他の人物に八つ当たりするのは話が違う。自身の子どもだけを優遇した結果、
彼は道徳を学ばず、常識を学ばず、好きな物ばかりを口にし続けた。その結果が、あの病だった。また、この病についても誤りがある。
確かに、野菜や果物の摂取不足でなる病気ではあるが、その病の強さは大の男でも、死に直結する病だという。まだ成人してもいない子どもが、重症から回復するのは極めて難しい。
だが、この日記には数日で回復傾向に至ったと記されている。ジパ族の血の恩恵である可能性も否定できない。
――同日に少年が埋葬された事実さえなければ――。
この事実は、アリス様による情報だ。3年前の戦争が発生する直前、あのお方はアルヴィスの賭けに負け、彼の島へと訪れていた。
その時ゴードン家の裏の森を散策した際、偶然に見付けたモノは一つの小さな墓だったという。そこには埋葬者の名はなく、とある文字がこう綴られていた。
もう一人のかたわれよ。来世こそは正しき道を。
恐らく、どこぞの心ある“かたわれ”が埋葬してやったのだろう。
◆
「それが俺だと?」
彼女の長い話を聞き続け、そう答えた。すると、相手はそうだと言わんばかりに、首を縦に振る。
「面白い話だがその話に根拠と目的がない。何故わざわざそんな回りくどい事をする必要があった?そもそも何故それを記す必要があった?」
「根拠についてはこれを書いた当人にしか分からない」
「では残念だったな。その当人は震災によって亡くなってしまった」
「いいえ、根拠はともかく目的は分かっています」
「――それは?」
「私たちに、アルヴィス・ゴードンという人物は“2人”であるという事を印象づける為です」
「――」
「そもそもの話。この日記以外にワイズマンとアルヴィス・ゴードンが同一人物である証拠は一切ない。つまり貴方そのものがアルヴィス・ゴードンではないという事にもなる。
もっと
「それを言ったら何故、君たちはそんな怪しいモノを信じたんだ」
彼女は溜息を一つ付いてから再び口を動かす。
「それは兄弟子の筆跡に近く、即席で書かれたモノではない事。そして――
――あの人を信じていたからだ。
「だが、その信じた人間は実際のところ、誰も信用していない小者だったら話は違う」
「どういう事だ?」
「既に気付いている筈だ。情報系統が上手くいってない事に」
成程、そういう事か。
「つまるところ、君の話はまだ終わっていない訳か」
「ええ、そういう事になるがそろそろ本人に話してもらった方がいい頃合いだ」
「本人?」
「今までの話はとある人物の話をただ覚えただけ、そう彼女曰く――」
――貴方の使った方法を
そう彼女が言った瞬間、短刀を構えたまま椅子目掛けて突進してきた。慌ててその短刀を押さえつける。その拍子に顔を隠していたフードが動いた。
え?
「イリス?」
そう思わず口にしてしまった。すると、彼女は声がする方に視線を動かし微笑む。それは短刀を押さえている人物ではなく――。
「やっぱり、後ろの貴方が本物だったのですね?」
後ろに控えていた“自分”に向けられていた。
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