31,決断

とはいえ相手は、一手。いや、数手先を読んでいたワイズマンを謀略で勝った相手だ。そう簡単に事は進まない。なので、こちらはとことん――。


――馬鹿になろうと思う。


まず手始めに、我が唯一にして最愛の妹であるイリス。貴女はかたきに恋文をしたためなさい。相手をワイズマンだと思い、自らもそちら側につきたいと告げるのです。


それと共に、私の批判を添える事。そう例えば、私を抑えられる者が周囲にいない事をいい事に、独裁政治を開始したと告げなさい。


その手始めとして、平民出身で私に批判的な態度を取ったという事で、ヴォルトとエヴァを重要な役職から解任する。


更にオリヴィアを前線に居るメイのところへと追いやり、2人に無理難題を用意する。これによって私への反感を増長させ、優秀な人材をイリス側へ集めるよう仕向ける。


そして、イリスを主体とする新たな国家を形成し、相手と同盟を結ぶ。そうすれば、相手の都合のいい状況。言い換えれば、イリスをこば口実こうじつがなくなる。


後は、相手の隙が出るまで待つのみ。


問題はこの一連の流れを、如何に相手に気付かれず、自然な流れであると思わせるかだけど、それについては、オリヴィアと詰めておきます。


他の皆は、これより私との接触を避ける事。そして、この謀に賛同するか否か、イリスに伝えるようお願いいたします。


「この計画、アリス様への負担が大きくないか?」


「それは姉も承知の上です。最悪の場合、私に帝を移す覚悟があるとも言っていました」


「俺はお二人に協力する」


「ヨシア、ありがとう」


「意外だな、もう少し考えるかと思った」


「そういうオマエは何故悩む?さっきまで、アイツの仇を討ちたいと言ったばかりじゃないか」


「そうなの?」


「確かにこの話が上手くいけば、これ以上のない好機だとは思う」


「じゃあ――」


「だが、この流れを相手が読まないと思うか?仮にあの男でなく、ワイズマンだったら、何と言うか」


「浅い、彼ならそう言うと思うわ」


3人は女性の声に、一同は声のする食堂の廊下側へと視線を注ぐ。するとそこには、腕を組んで悩むエヴァの姿があった。


「いつからそこに?」


「手紙を読んでいる途中よ。眠れなくて飲み物を取りに来たら、廊下から聞こえてきたの」


彼女はそう言って、飲み物を口にする。


「それにしても、もう少し用心するべきじゃない。こんな公共の施設で」


「夜中だぞ」


「だから何よ?私以外の人間が、深夜に食堂に来ないとでも?ホント、アナタは昔から変わらないわね」


イリスとヨシアはいつものように喧嘩が始まると耳を塞ぐのだが、ヴォルトは口を閉ざしたままだった。


「言い返さないの?」


「懐かしいと思って」


「何が?」


「オマエの小言がだよ」


「はっ!?それは――お互い忙しいからで」


「「あ、あの――。もしかして2人はようやく――」」


「「ですよね」」


暫しの沈黙が訪れるが女性陣がクスクスと笑い出し、次に男性陣が笑う。最後には一同が大笑いする程までに至った。


「懐かしいわね」


「確かにな」


「あの時に戻れたら、どんなにいいか」


「お嬢」


「ごめんなさい。でも、今ので一つ名案が浮かんだわ」


「「「名案」」」


「だけどこれは、賭けかもしれない」


「その賭けに乗るわ」とエヴァの言葉に続いて

男性陣も頷いた。


「まだ、概要も言ってないのに?」


「だってこの流れ、昔みたいじゃない」


その言葉を聞き、イリスの口角が上がった。



会合が終わってから1ヶ月経過した。しかし、アリス側は未だ動きがない。こちらの予想であれば、あのアリスの事だ、そろそろ動いてもおかしくない頃合ころあい。


まぁ仮に動かなかったとしても、こちらの計画には何ら問題はない。動かなければ全面戦争に持ち込めばよし、動けばそれに合わせればよしだ。


最早ここまでくれば、相手が何をしたところでこちらの計画が狂う事はないだろう。


「随分とご機嫌だな」


気持ちが表情に出てしまったのか、自室に入ってきた深いフードで顔を隠す女性に指摘されてしまった。


「顔に出ていたか?」


「ああ、そんな顔を見るのは3年振りじゃないか?」


「逆にそちらは不機嫌なのか?いや、不機嫌にもなるか、季節問わず、全身を布に覆われて機嫌が言い訳がない」


「いいや、これはこれで慣れたさ。それよりもいい加減に計画の全容を教えてもらいたい」


「またその話か」


「今回は3年前よりも大規模になると言っていたが、この国を統治してから国力回復以外、何も命令を受けていない。これでは、何か問題が起きた時対処ができないぞ」


「安心しろ。どのような事が起きようとも、計画が崩れる事はない」


「それは本当か?」


「何がいいたい?」


「オマエの計画は、本当に完璧なのか?」


「まあ強いて言うなら、たった1つだけ問題がある」


「それは何だ?」


少し考えた後「いや、それはあり得ない」と返答するが、彼女の顔は不服そうだ。それもそうか。逆の立場であれば、俺も同じ態度になるだろう。


だとしても、この話を誰かに伝える訳にはいかない。何故ならば――。


「お話し中に失礼いたします!急報です!」


こちらが呼んだかのように、都合のいいタイミングで伝令がきたので、そのまま自室に通す。しかし、急報か。とうとうアリスが動いたのか。それとも――。


「メイ・カーミスが落馬により急死いたしました」


思わず間抜けな声で「は?」と言ってしまった。


「何の冗談だ」


「いえ、この情報は間違いないようです」


感情が抑えられず、俺は伝令の前まで近寄り胸ぐらを掴む。


「馬鹿を言え!相手は最強の武力を誇る人物だぞ!仮に落馬したところで死ぬ訳が――」


「アルヴィス!」


彼女の声でようやく冷静になった。伝令より詳細を聞くと、新兵の行軍訓練を行う為、崖沿いの道を進んでいたのだが彼女の馬が突如暴走し、彼女は馬と共に崖下へと落下したという。


それでもあの怪物女が死んだとは到底思えない。だが、確か彼女はカナヅチだった筈。伝令に質問すると予想した通り、崖下には大きな河が流れていたという。虚偽報告の可能性は低いか。


「あ、あの」


俺の予想外の反応に戸惑う伝令を、彼女は無言で指示をだし退室させた。


「何でそこまで動揺する?こちらに都合がいい話だろ?」


確かに国として都合がいい。だが――。


「失礼いたします!急報です!」


別の伝令の声が聞こえた瞬間、背筋が凍った。この感覚は久し振りだ。


「エヴァ・キャロルが持病にて死去」


は?


「失礼します!」


こんな、こんな事が連続で起こる訳――。



――イリス・ケルト様が自室にて自害。



何かが頭の中で崩れた音がした。


「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」


両手で自身の顔を覆い天井を見上げ現実逃避をするが、状況は変わらない。落ち着けと自分に言い聞かせる。


そうだ。メイは事故で納得できるが、他の2つは都合が良すぎる。意地の悪い誰かが流言し、こちらを惑わしているのに違いない。


しかし、伝令に詳細を聞けば聞く程、嘘とは言い難い。その証拠にエヴァは昔から父親から薬を処方していた。また、彼女の死によりヴォルトは仕事を放棄しているらしい。


イリスについても、アリスは暴走した。止められなかったヨシアを帝の権限により死刑を求刑。更には、オリヴィアの諫言を無視し、彼女を前線近くへと左遷させんさせた。


以降、帝都の情勢は日を増す事に悪化の一途を辿っているという。この一連がたったの2週間で起きたというのだ。


「――」


「どうやらこれがその問題だったようだな」


五月蠅うるさい」


「まさか、オマエからそんな言葉を聞くとは」


「出ていけ――出ていけ!」


「二度も言わずとも」


彼女が退出した途端、俺は頭を抱えつつも考えをまとめようとする。しかし、どのような事を考えても、とある思考が邪魔をして何もまとまらない。


「イリス。オマエはもっと強かった筈。なのに――。いや、逆の立場なら――」



――だって、お兄ちゃんのように――。



脳裏に浮かぶ言葉と共に目頭が熱くなる。


「仕方がない」


――戦争で終わらせるか。

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