30,軌跡

「本人は既に鬼籍キセキの身だというのに、またもや謎を残すか」


アリスは会合の報告書を読み終わると、椅子にもたれかかった。その報告書を持ってきたオリヴィアは「全くです」と返答する。


「それで?我が妹は、今度こそ引きこもっているのか?」


「いいえ。むしろ、何かをひらめいたかのように、何かの準備を始めて」


「準備?」


「はい」


「それは何の?」


「それが私たちには、何も教えてくれなくて――」


オリヴィアは、肩をすくめているのに、何かを諦めたアリスは「そう」と、応え、目を閉じた。


「では、“もう一人”の妹の方は?」


「『時がくるまで、沈黙を貫く』と」


「時がくるまで――ね。という事は、あの男が何かしらを企んでいる。それも、3年前の時以上の何かを――」


アリスは、日記に記載された相手の事を思い出したのか、眉をひそめながら腕を組む。


「同感です。兄弟子の考えた計画には、続きがあった可能性が高い。理念が違う為、全てではないにしろ、何かしらを引き継いだのかも」


アリスは、無言のままオリヴィアの表情を見つめ、それに気付いた彼女は「どうかしましたか?」と尋ねた。


「前から貴女に、尋ねたかった事がある」


「何でしょうか?」


「他の皆は、亡くなった彼しか知らないけど、貴女はかたわれ――。いいえ、本物のアルヴィスを知っている。君から見て、どちらの方が優秀だと思う?」


「分かりません」


予想した答えだったのか、アリスは苦笑するも、オリヴィアは悩む表情で視線を下に向けつつ言葉を続ける


「技術や能力は日記や今までの経緯をかんがみて、兄弟子の方が優秀だと言えるかもしれない。しかし、彼は勝負に負け、死んでしまった。


いや、そもそも何時から彼だったのか、何時からあの男だったのかも分からない。正直、判断材料が少なすぎます」


「そうか」


「でも――」と呟くオリヴィアの言葉に、思わず「でも?」とアリスは聞き返す。


「私が兄弟子だと慕うのは、私に勝ち、傲慢や自尊心をズタズタにした男です」


そう言って、オリヴィアの視線はアリスに向けられる。それに対し「ふふ、そうか」と微笑むアリスは、とある事を決意し筆と紙を取った。



嘗て、アルヴィスが投獄された場所で、ユリウスは牢屋の柵を背に地べたに座っていた。そこに歩みよるのは何かを決意した表情のエヴァだった。


「まだ、黙っているつもり?」


エヴァの言葉に、ユリウスは黙ったままだった。


「覚えている?入学式の事を――」


彼女のその言葉に、ユリウスの顔は少しだけ横を向く。


「あの時の貴女は、彼を心の底から慕っていた。私も、少しずつ彼を理解できるようになった」


「――」


「『誇りや名誉でお腹は膨れない。膨れるのは食料のみ。実利こそが至上。信念は低俗』だったっけ?」


「あの言葉は、誰の言葉だったの?」


「――」


「私には、生き残っているあの男言葉とは思えない」


彼女の口角が、ピクっと動く。


「だって、あの男から“他者を思いやる気持ちで溢れている人間”とは――」


ガシャン!と、大きな音でエヴァの言葉が遮られる。その音は、ユリウスが感情に任せて牢屋の柵を叩いた音だった。


「何も、何も知らないくせに!」


ユリウスの震えた怒鳴り声は静寂の地下ではよく通り、周囲に言葉が木霊こだまする。


「だったら教えなさいよ!あの男は何故、彼を殺したの?」


エヴァは負けじと大声で対抗するが、ユリウスは再び沈黙を決め込んだ。その態度で彼女の両手に力が入る。


「何故そこまで彼をかばうの?それ程の価値があるの?貴女は捨てられたのよ?」


畳みかけるように質問をした為、エヴァは肩で息をする。


「捨てた?」


ようやく反応を得られ「違うの?」とエヴァが問う。


「私は――託されたの」


予想と反した言葉に、エヴァは戸惑いつつ「何を?」と恐る恐る聞く。


「今は――言えない」


頭を抱えすすり泣くユリウスに、「ここまでか」と諦めたエヴァは地上へと向かうのだった。



ヨシアは乾いた喉を解消する為、誰も居ない深夜の食堂を訪れていた。冷えた水を口にする途中、食堂の出入り口にヴォルトが現れた。


「どう思った?」


「相変わらずだな、主語か目的語を言え」


ヨシアは水を飲み干し口元を拭う。


「あの男の事に決まっているだろ?」


「分からん」


「分からん?」


「俺はあのメンバーの中だと一番関係が浅い。聞く相手が違う」


「んな事言っても、先輩はそのまま前線に残ってオマエの主人もユリウスもだんまり。他の誰に聞けばいいんだよ!?」


「やっぱり、俺が同行すればよかった」


「行ったところで結果は変わらないさ」


「いや、変わる」


「何が変わる?」


「その男を殺すか、殺さないか」


「物騒な事を言うなよ」


「オマエたち貴族の出身どもはどう考えているか知らないが、俺やエヴァはアイツが居たからここにいられる。言わば、命の恩人なんだよ。何をしてでもアイツの恩に報いたかった」


「――」


「まだ事故なら納得もできた。それが何だ?訳の分からん恩知らずの病弱野郎にはかられて死んだ?そんな事、納得できるかよ!」


「納得か、随分とデカい口を叩く」


「何だと?」


「経緯はどうであれ、相手は今や国の主だ。それがオマエの我儘わがままで行動してみろ!二国間での大戦争だ!それをオマエの師匠が望んでいるのか!?」


「それは――」


「オマエの気持ちは分かる――とは言わん。それこそ、アイツの教えの一つである『言葉を口にする時は、脳を通して発言すべし』だ。


「それって――」


「簡単に同情の言葉を言ったところで、オマエには響かない。だから、アイツの言葉を引用しよう」


――真実に惑わされるな、事実を見定める事が肝要。


「オマエの主観だけで、世界は動いていない」


「そうか、そういう事か」


「?」


「何故、たかが下級貴族に手を貸してまでして、”この世界を潰したい”のかが。」



「――」


「自身の言い分がいくら正しくても、世界がそれを認めてくれないなら、何をしても無駄だ。力だけでどうにかなる問題じゃない。


自分の意見や、自分の願いを通すには、それ相応の状況にするしか道はない。だから、アイツは――」


深夜にも関わらず食堂前の廊下から、誰かの足音が聞こえてきた。そしてヴォルトの言葉を遮った。その人物は、そのまま食堂の中に駆け込む。


「お嬢?」


「急に、すまない」


呼吸を整えようと深呼吸を試みるイリスだったが、その表情は張り詰めたものだった。その表情に、ただ事ではないと感じた2人は、彼女の前に駆け寄った。


「どうした?」


「2人に、頼みたい事がある」


「頼みたい事?」


彼女は、右手に握った手紙をヨシアに渡す。それを開けるように、イリスはヨシアに催促する。戸惑いながら、手紙を開け音読する。


~~~


拝啓


我等が知るワイズマンを慕う者たちよ。


私は、歴代最悪の帝になる事を決意した。


たとえ未来永劫えいごう、悪徳非道と罵られても構わない。


これは私怨しえんであり、私の我儘わがままだ。それでも、あの男のかたきを取る為に、彼を慕う者達たちに命令する。


――アルヴィス・ゴードンを“暗殺”しろ。

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