29,声

「そうか、それは残念」


仮面で顔を覆ってはいるものの、相手の言動は、かつて同じ学舎に居た。そう判断してもおかしくない。だけど、怖い。それがー。


「自分は――」


「?」


「ジワジワと人を痛ぶる趣味はない。だから、君のその恐怖を取り除こう。そうでないと、話も進まない」


「っ!」


「それは」っと、言いかけた瞬間。反射的に、自身の口元を抑えた。


彼の言葉は、既に結論を述べていた。安易な希望に縋るべきではない。そう、彼はもうー。


「そう偽物は、この世にはいない」


イリスはアルヴィスの言葉で、歯を食いしばり、両手に力が入る。そして、左の目頭から、一筋の涙がつたうのだった。


「自分は、本物の、アルヴィス・ゴードンだ」


私はその言葉に、覚悟とはまやかしだと思った。


「どのような結果でもー」っと、口にしても、自身とそぐわない結果が突きつけられた時。その覚悟は、粉々に粉砕され、何の役にも立たない。


絶望という名の刃物で、心の臓を貫かれた錯覚に、私は言葉を失った。


「あの人は、自分に成すべき事を教えてくれた。しかし、その計画の先にあるのは、ただの自己満足でしかない。偶然にも、自分は、いや、“ワタシ”はそれが気に入らなかった」


「自己満足?」


「ああ、そうだヨシア。君たちに、そしてワタシに、意味のある行動を強いていたにも関わらず、そこに価値などなかった」


「その口振り、テメェはアイツの計画を聞いた訳か?」


「勿論ですよ先輩。そうでなければ、あの人を亡くすのは、大きな損失。しかしながら、そうでもしない限り、計画は止まらない」


「それは一体?」そう口にしたのは、イリスたちではなく、アルヴィスの背後からだった。


「ユリウス?」


ヨシアの言葉に、アルヴィスの左後方に居た護衛の1人が、慌てて口元を抑える。すると、彼の真後ろに控える人物は、無言のまま、首を横に振った。


「いや、彼女はユリウスではない。ジュリアだ」


「ジュリア?それって例の捕虜の事か?」


「日記の最後に、意味深な言葉が残っていたろ?」


「それが名前と何の関係が?」


「あの人は、ジパ族の彼女に保険をかけていたのさ」


「保険?」


「アリス様――現在の帝に、2度の賭けに勝った際、それぞれ願い事を彼女にした。その一つが、ユリウスを無条件に彼女が庇護する事」


「「なっ!」」


「当初、彼女も2人と同様に、困惑していたらしいが、彼女の脱走と、この日記の最後で、彼女は全てを理解したようだ。こちらも、その一見を呑むことにした」


「アイツの計画を否定しているのにか?」


「利害が一致しているのなら、計画は関係ない」


「クッ!」っと、顔をしかめるユリウスこと、ジュリアは、一同から顔を背けた。


「それはどういう?」


「先輩方は、自ら考え行動するように指導を受けましたか?」


「だったら何だよ?」


「ワタシはそうとは思わない。ワタシがあるべき事柄は、上の命令に忠実に従う事」


「師弟で、随分と真逆な考えだな」


「あの人の考え方に、唯一納得できなかった。何故わざわざ、拙い思考を相手に頼るのか。ワタシの効率的な考えを聞けばいい」


「それが今回の話と何が――」


「日記には、あの人よりもワタシを慕っていた事は間違いないが、学校で彼女は毒されたようだ」


「毒された?随分な言い方をする」


「実際、彼女は変わっていた。こちら側に戻った日から、従順だった彼女は鳴りを潜め、自身の意見が多発し暴走した。だから、そちら側に譲る――そういう訳だ」


「ユリウスは、それでいいのかよ?」


「アルヴィス様がそれを望むなら――」


ジュリアは俯くと、アルヴィスの背後に居た者が、彼に何かを伝えた。


「話が脱線したね。本題に入ろう。と、言っても、イリス様にその気力が残っていればの話だが――」


「――構わない。心配してもらい、申し訳ない」


「いや、心中お察しする」


その後の会談は、3年前の出来事についての話となった。既に滅んだ国とはいえ、一時国の存亡の危機となった情勢にまで追い遣ったディクタトルの所業について語られた。


内容は、日記に記された内容と近く、ジパ族を中心とした者たちが、タルタロスという架空の存在を使い暗躍。


三男のギエス陣営を実質的に支配下に置いた後、以前からアルヴィスに内通していた者との連携で、帝都まで戦闘をせずに行軍を成功させた。


更には、マックベイ少佐を金銭と地位で買収し、当初よりも遥かな速さで、物事を遂行させており、アリスに連絡を行ったのも、内通者の1人だという。


私は話の途中で、彼が提示してきた内通者であった人物リストを渡され、それに目を通す。すると、その人物たちの共通点に気付く。


「上手くやったものだな」


「それはどう意味ですか?」


「そちら側が提示していただいた内通者のリストだが、その殆どが行方不明か、死亡している者ばかりだ」


「確かに、義父ちちは去年老衰で亡くなり、オリヴィアの師匠は、あの大地震以降、行方が分かっていない」


「これも、そちらさんのはかりごとなのかな?」


「はて?ワタシにはそこまでする理由も、義理もない。何せ彼等が協力した人物は、既にこの世にいないのだから――」


意地の悪い。


「こちら側が、提示できる情報は以上です。これでこちら側の義務は果たされましたか?」


「個人的には、納得できない点がいくつかある。何故3年前、タルタロスという存在が、西の丘どころか、従軍すらしてなかった。内通者がいたとはいえ、帝都に敵兵が侵入した時。


一体どのようにして、殺害した者たちの同行を調べ迅速に実行したのか。そもそも、帝都に侵入された目撃情報が、生存者たちから聞けていない」


「それは必要な事ですか?」


「アナタ側からの提示されたモノは、始めと終わりだけで、途中の内容がない」


「結果さえ分かれば、問題ないでしょ?結局は、あの方の陰謀から始まり、惨劇で幕を閉じた。それに関係した者は、何かしらの罰を双方与え、我々に不都合な存在を抹消できる」


「そちら側だけの話では?」


「否定はしません。ただ、今まで知らなかった事を、今回の会合で知る事が出来た。これは大きな収穫だと思いませんか?」


「その引き換えに、タルタロスという人物という新たな王を認めろと?話が上手すぎないか?」


「そちらが今回の条件で合意した時点で、決着はついております。愚痴を言うのは合意した方に――」


くだらない!そんな事、姉さんに言える訳――。


「さてと」


今回の会合は、これで終結した為、アルヴィスは立ち上がる。


「こちらとしては、有意義な会合となり、感謝しております。それでは失礼」


彼は一切、ユリウスに視線を向ける事なく、部屋から出て行こうとした。


「貴方は!」


「?」


「人の気持ちを理解出来ないのですか!?」


「――」


「今まで貴方を慕ってきた彼女に、自身にそぐわないという理由だけで捨てるなんて、自分以外はおもちゃか何かとでも――」


「黙れ!」


「えっ?」


今の声って――。


「何も知らない小娘が」


護衛の2人は、慌ててその場から出るようアルヴィスを誘導し、その場から立ち去っていった。残された一同は、互いに顔を見合わせて、同じ疑問が浮上する。


――あの声は、誰?

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