4章【真実と事実】

28,会合

唯一の肉親であり、現在の帝であるアリス姉さんが、タルタロスとの交渉を秘密裏ひみつりに進めて数週間が経過した。私は今、会談が行われる町に、もうじき着く。


「まるで――あの時の雲だな」


時間は既に夜ではあるが、雨雲だと分かる濁った雲と、雨が降る前触れになる頭痛。前回の時とほぼ同じ状況だ。


「そう言えば――」


彼と敵対すると、雨が降る。そんなジンクスを今までは信じていなかった。だが、彼との出会いで私の考えも随分と変わった。


正しい事さえ行えば、誰も文句は言わない。そんな固執して、融通の利かない自分を、周りが見えない頑固者だとののしりたい。


過去の私を振り返っている間に、私が乗った馬車は、町に着いていた。とはいえ、会合は明日の正午に行われる為、馬車は本日泊まる宿泊施設に向かう。


「長旅、お疲れ様です」


「ありがとう、ヨシア」


宿泊施設に到着すると、事前調査を含めヨシアが待っていた。彼はあの時と同様に、私を馬車から降ろす為、エスコートしてくれた。


「先輩も」


「いい加減、先輩はないだろうに」


「申し訳ない、つい学生時代の頃を思い出してしまい――」


気兼きがねない相手だと、どうも気が緩んでしまう。


「別にオレはいいが、立場的に――な?」


とはいえ、今回の件に参加するのは、私を含め、3人だけ――。当初は、学生時代の全員が参加する方向だったが、彼の思惑おもわくのままで挑んだ時、ろくでもない結果しかなかった。


勿論、彼が私たちの知る人物かどうかは定かではない現段階で、判断するのは早計かもしれない。が、相手は明らかに格上の相手。


既に、私の参謀という立場となったオリヴィアと共に、様々な可能性を模索した結果。全員が赴くのは、危険でしかない。だからと言って、相手は新たな一国の統治者である。


姉さんか私、どちらかが今回の会談に参加しない訳にはいかない。更に言えば、万が一謀略に巻き込まれた場合も考えれば、このメンバーが最適だと判断した。


「それで、相手の状況は?」


「申告通り、本人の他に護衛が3名のみでした」


「その中にジパ族は?」


「残念ながら、この蒸暑い季節にも関わらず、長袖にフードを羽織った上、皆仲良く顔に仮面と手に手袋。男女の見極めも難しかったです。が――」


「オレの観察した限り、女2人に男1人だ」


「みたいです」


「それは、どのように判断を?」


「こんな時に何だが、アイツの観察眼が役に立った。相手の1人は、無駄のない動きに、は戦闘に長けた女。だが、何故か左側を庇っていた。ま、慣れない仮面のせいだと思うが――」


「左側を庇う?」


「ああ、何もないのに、何度も左側を確認する仕草をしていた。逆に男の護衛は、護衛の経験がないな」


「それは俺でも分かった。あれですよね?」


先輩は、無言で頷いた。


「あれとは?」


「この町に連中が到着した折、馬車からタルタロスが降りた後、その男も続いて降りたのだが、段差に躓いて、タルタロスに庇ってもらっていた」


「そ、それは――」


「護衛の為に連れて来た人物だ、それなりに腕が立つとは思うが――」


「はっきりマヌケと言ってやれよ」


「さ、最後の一人は?」


「ソイツが一番分からない。マヌケと違い、護衛として完璧な動きだったが、何故かタルタロスではなく、マヌケの指示を聞いていた」


「成程」


身体的な特徴は隠しつつも、一癖も二癖もある人物の登用。そういう意味では、私も含め、あの部活のメンバーは変わった人物が多かった。


槍の扱い以外は、ほぼ無知の青年。頭は良いが、変なこだわりのある町医者娘。自分以外を格下扱いする令嬢。一見、まともそうだが、性格がゆがみ切った狩人。


誰も寄せ付けない孤立していた男女。そして、正義が一番だと思い込んでいた馬鹿な私。今思えば、彼は何故、私たちを選んだのだろうか?


あの日記に書かれた事を鵜呑みにすれば、目的を持つ存在の方が、都合がよかった?だとしても。それが本音だと思えない。彼の発言には、それを思わせる事が多かった。


「どちらにせよ、何があった時は、オレが暴れて守るさ」


「ありがとう、メイ」


先輩は満面の笑みを浮かべ、本日泊まる場所のドアを開けた。


◆◆◆


翌日の正午。指定された場所に向かうと、既に相手側は待っていた。


「これはイリス様。遠路はるばる感謝致します」


うん。声を聞く限り、彼の声では間違いなかった。背後に3人の護衛が控えさせる彼。噂通り、顔に仮面を付けたままで、声はこもってはいるが、間違いない。


「いいえ、こちらこそ、新たな統治者様自らがお越しいただきありがとうございます」


「いいえ、それは自分が望んだ事なので」


違いのない彼の声に、私の心は複雑だった。どちらに転ぼうが、私には不幸な方向にしかない。その顔が表に出ないよう、必死に心を隠す。


「しかしながら、こちらの要望よりも人が少ないようで――」


「申し訳ありません。こちらの事情で3名が精一杯で」


「そうですか、それは残念」


腕を組み、天井を見上げた彼は、溜息をついた。


――別に、罠も策もないのですが――。


その呟きに、同席した一同の背筋が凍った。


「な、何を急に――」


「申し訳ありません。貴女と後ろの女性の方が、そう言っている表情をしていたので――」


背後の先輩を確認する余裕もなく、私は動揺してしまった。頭では分かっているつもり――。相手は敵である可能性が高く、仮にそうでない場合でも、好転する訳がない。


「良くなる方向――とは、何をどうすれば好転するのしょうか?具体的に例を挙げてもらうと嬉しいのですが――」


「「「っ!」」」


「ん――。既に自分の正体を分かった上で、この会合に参加したと思ったのですが、こちらの情報不足でしたでしょうか?」


「ちょ、ちょっと、待――」


「3年前、日記があの場所から消えた。そちらにあるのでしょ?」


既に、彼のペースに呑まれているのは、分かっている。それでも、この事を後回しにする事に、意味などない事も事実。だから、私はあの日記を自陣の鞄から取り出し、彼の前に置いた。


「やはり、そうですよね、よかった。長い長い話を、わざわざここでしなくて済む」


「ここに書かれた事は真実ですか?」


「真実だった場合、貴女はどうしますか?」


「質問を質問で返さないでいただきたい!」


「確かに、それは失礼ですよね?でも、貴女も私の返答に応えていない」


「え?」


「どうすれば、貴女にとって好転するのでしょうか?自分が、アルヴィスではなく、この日記の著者であれば?それともどの逆?」


「そ、それは――」


「そもそも、アナタたちは本物と偽物という枠にとらわれ過ぎている。問題は、“どちらか”ではなく、今後“どうする”かではないですか?」


その言葉を聞くと、学生の時を思い出す。彼はいつも、誰かの発言に対し、捉え方の間違いを指摘して正してくれた。はじめは、何を言っているか分からない。


それが次第に、その意味と理由を聞く事により、私たちは自然と納得していった。そう、彼の言葉には無意味な事はない。意味ある言動しか言わない。


だから、彼を信じる事が出来た。

だから、彼を好きになる事になった。

だから、日記の存在を知って嬉しかった。


「ダメよ」


でも――。


「アナタは、言葉を口にする時は、脳を通して発言すべきだと言ったけど、私は――」


――そんな器用に、生きられない。

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