27,本物と偽物の違い

「――以上。これが彼の日記でした」


約8年間の出来事に、暫しの沈黙が流れた。整理のつかない内容や、何を言っているのか理解できない内容も含め、その場にいる一同は、混乱に陥っているようだ。


「つまり――タルタロスはアルヴィスであり、アルヴィスはタルタロス?」


「それもそうだが、そもそもこれを残した人物は一体何者なのだ?」


「それは――、ニホンジンとかいう種族じゃ――」


「いや、それはジパ族の始祖の呼称であって、この人物とは関係ないだろ?」


「だがよ、今思い返せば、アイツは時々良く分からん言葉を言う時あったよな?それってつまり、アイツも同じだから言った可能性もある気がする」


「そ、それは――」


オリヴィアが口ごもる中「2人とも!」っと、アリスは言葉を遮った。


「ヴォルトと、オリヴィアが言いたい事は、分かる。だが、それよりも先に重要な事がある」


「それって――」っと、エヴァの言葉にイリスは「ああ」っと、返答し――。


――今のタルタロスは、どちらなのか?


「仮にそいつがどちらにせよ、国の反逆者には変わりはないだろう?」


「おいおいまさか、自分の父親が殺されたかもしれないからって――」


「そんなつまらない事で、不貞腐れるかよ。そもそも父親は、流行り病で亡くなったんだぞ!」


「ゲイ子爵か――。確かに、始末する内容はあったものの、直接何かを行った記述はないが――」


「そもそもこの日記事態、本当の事が載っていると、誰が証明できる?話によれば、敵の陣地に残っていたとか、そんなモノ明らかに罠でしかない!」


「それは――」


「在りもしない事が書かれていた可能性もあるのに、タルタロスがどっちかなんて意味はない。中立的に考えれば、先輩も――」


その言葉をヨシアが言い切る手前、閉鎖された筈の部屋に、誰かがが入ってきた。一同がそれに注目する視線の先には、床に臥せっていた筈のイリスだった。


「お嬢――どうして?」


「皆、すまない」


そう言ってイリスは、一同に頭を下げる。アリスとメイを除いた一同は何も分からずにいた。


「私は、皆を試した」


「それは私たちの中に、兄弟子の事を知っている人物がいるか知りたかったと?」


「その通りだ。彼の素性を知っている人物を確認する必要があった」


「それは何故ですか?」


「その日記は、ヨシアの言った通り、本当かどうか分からない。だが、それも彼の計画が、一体どこまでの人間が関わっているか分からない。


現に、皆の近親者であるユリウスの御父上、オリヴィアの師匠、メイ先輩の御父上といった多くの関係者が、3年前の事件に関わっていた」


「それは、分かりますが――」


「エヴァ、君はどうして学校を知った?」


「それは、父が衛生兵の話を知り合いに聞いたからで、確かその人は、眼帯をした女性――まさか!」


「ヴォルト、君は?」


「俺の場合は、リューグナーっていうおっさんに奨学金制度を教えてもらったが、そうか――聞き覚えがあった名前だと思ったが、全て仕組まれていたのか」


「その日記が、全て偽りではないと証明できるだろ?」


「お嬢が言いたい事は分かった。だが何故、俺たちより先に、アイツの事を知っていたんだ?」


「彼が帝都を離れる前にもらった手紙に、その日記の事が書かれていた。『もし、自分に何かあった場合、時間を置いて皆に伝えてほしい』とも書いてあった」


「それって既に、本物の兄弟子。いや、本物のアルヴィスが、何か謀っていた事を知っている口振りじゃないか?


だとするならば、やはり私たちの知っている“彼”は、死んだ事になる」


「いや、ちょっと待て。そもそも、俺たちが会っていた人物は、どっちだったんだ?」


「この日記の話が本当ならば、アイツだろ?」


「いいえ、それは違うはヴォルト」


「はっ?」


「彼はよく、学校から外出していた事がある。見た目は、オリヴィアさんのお墨付き。それに――」


「何だよエヴァ?」


「時々、彼の冷酷な発言が、今思えば本物のアルヴィスだったのではって――」


――パン!


1拍子、手を叩いたアリスは、瞳を閉じたまま、一同のやり取りを強制的に止めさせた。


「どちらが生きているか。それをここで口論しても仕方がない。まずは、タルタロスに会う」


「どうやって?」っと、一同がざわつく中、アリスは1枚の手紙を一同の前に投げ捨てた。


「今回の件はともかく、新たな国の主と外交を試みていたのだが、とても奇妙な事を言っていた。そのお陰で、これを聞いても、然程驚かなかった」


「奇妙とは?」


「アナタの他、ここのメンバーとで、国境付近での街中で非公開会談を希望してきた。恐らく、君たちに真実を伝える為、呼び出す口実を作ったのだろう」


「随分と用意周到な事で」


「ヨシア、それは当たり前の事だ。相手はどちらにせよ、智謀の鬼であり、我々の師匠でもある」


「お嬢――」


「仮にそれが、本物だろうと偽物だろうと、我々は向き合う必要がある」


「違いない。少なくともオレとエヴァは、この計画でここに居られているから、複雑だがな」


「確かに、複雑。ただ私は偽物の彼であってほしい」


「確率は少ないぞ?」


「オリヴィア!」


「メイ先輩、考えてみて下さい。現状の状況を彼が良しとすると思いますか?」


「――」


「最初に彼を否定した私が言うのも、おかしい話ですが、偽物の彼は、無意味な事をしない。だがそれ以上に、彼は――相手に対する敬意を持っていた。


もしかすると、それさえも偽りだった可能性もあるが――であれば、彼は何故私たちを“駒”にしなかったのか疑問が残る」


「寧ろアイツは、駒になるなと教えられたしな」


「分かっていない事も、いくつもあるが、やはり皆で確かめて見定めよう。“彼”がどちらなのか――」


イリスの言葉に一同が頷き、その日の集まりは解散した。


◆◆◆


「やはり、あの日記が開示されたか――」


仮面を被った男が、届けられた手紙に目を通す。その傍らに、顔が見えない深いフードを被った人物が、何かを伝える。


「何故、あそこに残したって?そうしないと、本当の目的さえも、連中は気付かないだろ?」


「――」


「何?別に話す必要はない。計画は進められる?――いや、それは違う。この計画は、連中なしでは進められない」


「?」


「自分が教えた計画は、全てではない」


「っ!」


「知っているのは、自分だけ。指示を出しているのも自分だけ。そうだよなアルヴィス」

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