26,変える、代える、替える

ミセリア歴 154年 6月16日 天候は雨。


――ビエラが、亡くなった。


犯人は、言うまでもない。アルヴィスの指示で首都へと向かっている途中、盗賊に襲われたという話だが、そんな事を信じられる筈もない。


問題は、こちらを出し抜いたと思っているという事が問題だ。だからこそ、自分が生かされている事もあるのだが、7年間教えた筈の知略が全く活かされていない。


最早、彼を生かす方向は考えず、どの段階で離脱させるかを現在模索している。それと並行して、“あの人”をどのように抑えるべきか?


「許さない、許さない、許さない!」


怒りに満ち溢れているのは、数年前からビエラと付き合っていたリューグナーという男性だった。今回の計画を進める為、島から出る機会が増えた時に出会ったとの事。


「彼には自分が知っている限りの罰を与えて、この世からほうむります。なので、今は――」


そう言って彼を落ち着かせたが、かなり酷な事を彼に頼む事になってしまう。それはアルヴィスの側近として、行動を共にしてもらう事だった。


リューグナーにそれを頼んだ理由としては、こちら側を裏切る可能性が、皆無である事の1点に尽きる。その事を優先させる理由は、彼の人心掌握じんしんしょうあく術に脅威を感じているからである。


実際に、自分が知らぬ間にジパ族の長の娘であるユリウスを手懐てなずけており、一部のジパ族は彼を救世主としてあがめている者がいるとジパ族の長から聞いた。


言葉で上手く説明できないが、人の心を掴むのは、真摯しんしに相手と向き合うより、相手の弱みを上手く利用した方が、効果的なようだ。故郷でも、同じような人物がいた。


相手に寄り添う事は、相手と同等と思われるだろうか?それとも――いや、それを考えたところで、答えはでない。そんな事、昔から分かっていた。


それよりも計画を遂行する。それが優先。そして、その優先に欠かせない事は、予定外の行動を起こさない事。それを考えると、自分が彼を、彼が自分を“代わる”必要がある。


「つまり、自分がタルタロスに?」


「学生という淡々とした生活よりも、そちらの方が君の性に合っていると思って――」


「流石は、師匠。自分の事をよく分かっている。分かりました、その方法を取りましょう。しかしながら、アナタはチェスが弱い。オリヴィアに正体を見破られる可能性が――」


「だからこそ、あの学園は最適なのさ」


「貴族がいるからこそ、休日の外出は自由。成程、そのタイミングを利用して、自分と師匠が入れ替わる」


「あぁ、休日でなくても放課後も、明確な目的があれば、校外の外出も認められている」


「ですが、それだとタルタロスが長期間不在となる」


「そこは更なる入れ替わりをすればいい」


「まさかリューグナーの事ですか?」


「そう、彼の体格は自分と君と何ら変わらない。顔も仮面で隠れていて分からない。声は一緒ではないものの、喉の調子が悪いで押し通せばいいだけ」


「途中から参加した人物なのに、随分とあの男をかっているようですね」


「勘違いしてはいけない。君あっての彼だ。あくまで、君の代用に成りえる人物且つ、協力者であるのが、リューグナーだっただけ」


「そうであれば、まぁ、いいですが――」


「では、最初は自分が――」


その後、どのタイミングでどちらになるかの打ち合わせは、進ませる。試験、入学式、クラス対抗、学年対抗。計画では、半年から9ヶ月の間に第一段階を起こす。


その手際で話が進む。問題としては、その期間中に、敵国のディクタトルにどこまで介入できるかだったが、彼は自信しかない口振りだった。


その3日後。アルヴィスは、タルタロスとして、島を出る。その日は、嵐になる直前のため、日程をずらす事も検討されたが、結局はアルヴィスの一言で、そのまま出航する。


――そんな事で変える必要があるのか?


「そんな事で――か」


「愚息が、すまない」


「いいえ、こちらこそ彼を変える事が出来なく、申し訳ないです」


「それこそ君が、謝罪する事などない。私が放任し、イヴが甘やかした結果だ。その責任を取る覚悟は――既にある」


「では、予定通りで?」


「あぁ、構わない」


アルヴィスを乗せた船を眺めながら、悲しみに満ちた父親の横顔は、儚く切ない。どこかの誰かが言っていた。「やらない後悔よりも、やった後悔」という言葉が、身に染みた。


したくても、何も出来ない。何をすればいいか分からない。それは、“考える”事を普段から行っていなかった結果。そう言ってしまうと、“薄情”と言われるのだろうか?


だが逆を言えば、今まで考えて生きた者が報われる人生を、オマエは“ズルい”という言葉を投げかける人がいたとすれば、それは如何なものだろうか?


まぁ、そういう事は大抵、相手に伝わる事はない。自分が独占する事に意味があり、先程のような心のない言葉を浴びる事もない。だからこそ、考える事が出来る者は“賢い”と言われるのだろう。


それを踏まえるとこの日記は、賢さから離れている。とある行為を“証拠”として残す事は、場合によって自殺行為にも繋がってしまう。


それでもこれを残す事を優先するのは、アルヴィスの暴走と、それを抑制出来なかった自分の為に残す事にした。それ程までに、彼を危険視している。


かつてのワイズマンは、自身の欲望を優先し、その後の未来を衰退させている、そういう意味では、彼がワイズマンになりえる。目の前の目的を得る執着心が高く、実行力も迅速だ。


それは身内のビエラを亡き者にした事で、証明された。しかし、それでは一部の人間だけが救われ、その他の人物は救われない。


最初は、自分の身の安全の為だった。それがこの国の情勢を、歴史を、人を知る事で、このままでは、この国そのモノがダメになる。それを変えたいと思った。


これを読んだ人物に自分の気持ちが伝わるかは、分からない。いや、伝わらない事を前提で言えば“どちら”かが正しいというよりも、“何”が正しいのかを考えてほしい。


それを考えた上で、アルヴィスの行方に賛同するのを否定しない。それも一つの答えであり、自分の考えは偽善や空想と言われても、致し方がない。


それも一つの考えだ。ただ願わくば、これから向かう学園の連中には、彼と同じ道を歩まない事を切に願う。


――さて、あとはユリウスの事を知るために、アルヴィスがまとめた資料に目を通すか。


「ん?彼女には――妹がいる?」

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