25,候補

ミセリア歴 152年 7月7日 天候は雨。


軍事学校へ入学するにあたり、アルヴィスと共に、軍備に関係する書物を読み漁っていた。


しかしながら、この国の歴史は、おかしい事だらけだ。国の誕生、それまでの経緯、その後の方針。これまで蓄えた知識からすると、些か文化の発達が早過ぎる。


自分がそう思わせた要因は、最古の歴史が記された、初代ワイズマンの残した記録書だった。その書物によると、国が建国するまで、百と数十年の歳月が戦火に見舞われた。


それより前の歴史は、農耕を主流とした平和な時代だったとか――。その平和な時代が、それ程だったかは分からない。


しかし、それまで争いを知らない者たちが、たったの百年ちょっとで、今の技術までに発展する事は――まずない。


人間の歴史は、いくつもの失敗を重ねに重ねて発展していくものだ。実際、戦乱の時代の主流は、石をとがらせただけの粗末な武器だった。


それがワイズマンの出現からすぐ、今の鉄に近い素材が誕生し、急速に戦場へ取り込まれている。その経緯は、この本には記載がない。


記載がないというより、意図的に“添削てんさく”された可能性が高い。何故ならば、その他の内容は、事細かく記述されているのに、技術や知識に関係するものだけが、ことごとく曖昧に書かれていたからだ。


恐らく、この急速な文化の発展を隠したい人物の仕業。だとするならば、ワイズマンの背後に、別の黒幕が存在するのだと思われる。


どの世界でも、一番厄介者は、表に出て来ない。何故ならば、有名になる事は問題事を抱える起点となる。少なくとも、この人物はそれを理解している。


一方、2代目のワイズマンについては、ただの売名行為に利用しただけ、多分ケルト族の関係が深い人物によるモノだろう。


現に、2代目の行なった事柄は、知恵者というより占い師に近い存在で、台風、洪水、火山噴火などを予知し、民から信用を得たと思いきや、そのまま革命を行った。


結果、ビオラの先祖は没落し、何の能力もないケルト族がこの国を支配した。正直、目的が分からないし、分かったところで、あまり意味がないか。


それでも当時、未曾有みぞうの大災害を未然に防いだ事に変わりない。それはある程度、自然の知識を熟知していたのだろう。


だが、その知識は一般に普及していない事から、これもまた、誰かに隠蔽いんぺいされたものなのだろう。全く異なる偉業をなした2人のワイズマン。


それでも共通点がある事も、また事実。ワイズマンの背後に、別の存在がいた事だ。そして現在、自分の状況はそれに酷似こくじしている。


◆◆◆


ミセリア歴 153年 12月29日 天候は曇り。


「以前お話にあった、候補者を何人か見付けました」


ディオスへの入学まで、残り2年の間に計画に必要な人材を事前に調べさせていた。理由はいくつかあるが、一番の理由は駒。いや、仲間が必要だった。


それも、次世代を担う人物。軍事、政治、法律、教育、医療。そして、統治者。他にも必要な分野はあるが、この6つは最低限――。


過去のワイズマンたちは、後始末が雑過ぎた。それを考慮して、ようやく自分が納得する筋書きが整ってきた。後はその担い手を探すだけ――。


「ナガル。へイス男爵の次男坊で、槍使いの名手を父に持つ。ターナ。へマイト子爵の長女で、周囲から神童と呼ばれている――か」


「お好みではなかったですか?」


「その言い方はちょっと――」


「申し訳ないです。ただ、なかなか優秀な人物は少なく――」


「前にも言った筈だ。親が優秀だから、頭がいいからではダメだ」


「申し訳――御座いません」


アルヴィスは、自分に深々と頭を下げているのだが、言葉とは裏腹に、「納得できない」としか聞こえなかった。


そう、担い手の他に、もう一つの課題があった。それはアルヴィスの考え方だった。長い間、共に生活し、知識や能力は自分とほぼ大差はない。


身体能力に関しては、半分がジパ族の血のお陰か、自分よりも優秀だった。既に、ビエラを1人で打ち負かす程だった。


一方、こちらは互角――とはいかない。未だ彼女から一本も取れていない。元々、戦闘経験などなかったし、故郷では争い事などなかった。


その時期から、彼の自分に対する反応が少しずつ変わってきた。元々、傲慢ごうまんな性格だったので、自分に尊敬できる部分がなくなり、素が出てきたのだろう。


命の恩人という事で、辛うじて自分の尊厳そんげんたもたれているようだが、それもいつまで続くか。


「そろそろここでは、限界かもしれないな」


「ここから出ていくと?」


ああ、まずいな。心と言葉があっていない。このままだと、学校に入れる訳にはいかないな。それどころか、ただの厄介者になりつつある。


◆◆◆


ミセリア歴 154年 3月1日 天候は晴れ。


「ヴォルト・クーパー。父親が3年前、隣国との小競り合いで亡くなり、母親と弟と妹を食わせないといけない。


エヴァ・キャロル。両親が小さな町医者を営んでいるが、ほぼ慈善事業のような経営の為、彼女に教育費を払えないが、彼女は両親のような医師になりたい――と」


島を出てから数か月。現在、ビエラを護衛に、2人で東の街中に滞在していた。そして今は、食事処で自分がまとめた人物についてビエラが述べていた。


「別に悪くない2人だと思うが、アルヴィスの探してきた連中も、悪くないと思うが――」


「ただの駒だったら、それでいい。自分が欲しいのは、自分で考え、自分で判断できる人物です」


「ナガルとターナは、そうでないと?」


「優秀な人物だけでは、アルヴィスのようになるだけ――」


「というと?」


「何でもすぐに得られる者は、何が本当に重要なのか、どういう経緯であれば最適なのかを考えない。結果は、2人のワイズマンの結末」


「それはつまり、アルヴィスは計画から外されるのか?」


「今後の彼次第。ただ、今の時点ではほぼ確実に――不服ですか?」


「アタシが、口出し出来る事じゃない。それぐらいは、分かっている。ただ、甥っ子だからさ」


「よく分からないな。身内だとしても、ダメなヤツを庇うとは――」


「アンタは冷たいね」


「冷たい?人の恩義をあだで返すようなヤツを切り捨てるのが、冷たいと?」


「そ、それは――で、でも、アイツはオマエと一緒に暮らしてきたじゃないか?もう少し、どうにかしてあげても――」


「だから“人間”は、同じ事を繰り返す」


「えっ?今何て?」


「いや、何も。まだ、決定事項ではないので、まだ猶予ゆうよはあります。それに彼がいないと、成立しない事もある」


「なら、島に帰ったら、アタシが説得してみせるよ」


残念ながら、それは無理だろう。人に教えることで、一番難しい事は“道徳モラル”だ。1度自身で定めた基準は、他人からおいそれと変える事は、難しい。


1度その基準から外れた者は、その相手の話を聞き入れない。たとえそれが、肉親でも恩人でも――。


だから理想は、その基準を如何に設けずに、相手の話を1度聞き入れる事なのだが、今回はそれが伝わらなかった。


まだ会った事すらない彼らだが、同じようになってほしくない。その為にも、もう少しだけ、努力してみようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る